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第一章 蕩減・復帰原理の根拠 : 一 間接主管圏と直接主管圏 : 2. 直接主管圏 |
責任分担を完成することによって間接主管圏と直接主管圏が連結され、地上天国と天上天国が連結されるのであって、それがなければすべて無効です。ですから私たちは責任分担を完成した愛の実体、愛の化身となって、神様を愛し、全宇宙を愛し、自分の家庭を愛さなければなりません。そのような人だけが天国に入るのです。それが天国に入る公式です。
責任分担圏は、愛を中心として一つになったところです。完成に向かって縦的な神様の愛と連結されたとき、間接主管圏と直接主管圏が連結されます。そこにはサタンがいないのです。間接主管圏が連結されれば心情圏が連結されるので、サタンがそこに存在できないのです。その前に堕落したので問題なのです。
神様の完全な愛が顕現するとき、サタンは現れることができません。それが責任分担完成です。責任分担を完成したならば、間接主管圏と直接主管圏において愛の因縁が結ばれるのです。そこで神様の縦的愛とアダムとエバの横的愛が連結されるのです。
本来アダムとエバが堕落しないで、責任分担を完遂して神様と愛の一体圏内で天地が一体化して勝利的基盤を築いたというときは、神様とアダムが一つとなったその愛の圏内で天使長を連れて天国に行くのです。それが道理です。それが原則です。
責任分担は成熟する時まで必要なものです。成熟して思春期に入ればすべて終わるのです。愛の圏内に入れば直接主管圏内です。神様であると同時に私であり、私であると同時に神様です。
原理の責任分担という言葉は何を意味しますか。責任分担完成というのは人間の愛と神様の愛が一つになることです。神様の愛は永遠の愛なので、永遠の神様の愛を中心として人間は相対の立場で永遠の一体を成すのです。そこには分立がありえません。
神様が人間を創造されるとき、直接主管圏と間接主管圏をおいてつくられました。それではなぜ間接主管圏をおいたのですか。直接主管圏と間接主管圏はいつ一つになるのでしょうか。本来の真の人類始祖であるアダムとエバが成熟して互いに横的な立場で愛によって一つになろうとする時、神様が臨在し、縦的な愛を中心としてアダムとエバを横的な愛によって接ぎ木するためのものがアダムとエバの結婚です。それで天地の一体化を成すのです。
直接主管圏がなぜ必要なのでしょうか。直接主管圏に連結せずには神様と愛の連結ができないからです。この愛が連結されなければ神様から宇宙を相続することができません。相続は愛を中心としてするようになっています。ですからすべての国やすべての家庭も愛する子供を中心として相続させようとします。原理がそうなっています。
責任分担という言葉は先生の時代に初めて出てきた言葉です。ある人は「間接主管圏や直接主管圏という言葉は、文先生が頭がいいので、合うように作った言葉だろう」と言うかもしれませんが、それなら私がどうして苦労しますか。適当に作ったのならば、私が一生の間何のために監獄に出入りしながらこのように苦労するでしょうか。口にもしてはいけません。私が作ったのならばどうして楽に行けないのでしょうか。楽な道を行ったらいいのに、なぜこのように、花のような青春を犠牲にし、ぼろのふろしきをまとって、このように生きなければならないのかというのです。レバレンド・ムーンが作ったという言葉は成り立たないのです。作るに先立って、それ以上の何かがあるということを知っているので、死の峠でも行こうとし、迫害の道も進んで行ったのです。迫害の道を好む人がどこにいますか。神様しかその事情は知らないでしょう。
祝福を受けて否定するのは、サタンよりもっと悪いです。サタンが讒訴するというのです。これは直接主管圏内に入って堕落したのと同じです。皆さんは知りませんが、その原則、その天理の法度が適用されるということを知らなければなりません。ですから、頑張らなければなりません。皆さんが、どのようにその伝統を立てるのかということが重要な問題です。
その世界は、皆さんが考えるような漠然としたところではありません。直接的にお父さん、お母さんが私の皮膚にぶつかって来るし、私の精神にぶつかって来るのです。心の感動が爆発して私を刺激することを感じれば、彼は既に天国内で生きている人です。このようになれば、ちょっと人に接すれば分かります。「あの人は悪い人で、あの人はいい人だ」というのです。そのようになれば、皆さんが想像できない次元の高い直接主管圏内に入ったことを発見するでしょう。そう見るのが原理観です。そのように生きなさい。
間接主管圏と直接主管圏を連結させるために責任分担を完成しなければなりません。責任分担完成というものは男性が成熟し、女性が成熟しなければならないのです。男性と女性が完成したとはどういうことですか。エデンの園での完成は神様しか知らないのです。神様を第一に愛さなければなりません。その次に男性は女性を第二に思い、女性は男性を第二に思う、そういう人にならなければなりません。このようになるとき、責任分担を完成することによって、みな間接主管圏から直接主管圏内に行くことができる新しい次元に越えていくのです。
堕落した人間世界で一番必要とするものは、堕落圏を乗り越えた真の父母です。私たちの原理で言えば、責任分担を完成した、その圏内を越えた人だというのです。間接主管圏内から直接主管圏内に入った人です。直接主管圏とは何ですか。愛に一致した世界です。こうなれば他の主人が生じることができません。絶対的です。愛にぴったり一致すれば二人の主人を願いません。神様も他の主人を願わず、人間も他の主人を願わないというのです。そうしてそれが家庭に拡大し、氏族、民族、国家に拡大され、その愛の軸を中心として天運は回るようになっています。
神様を中心として責任分担を完成した基準で愛を中心として統一され、天運が回るのです。このような回転圏内に誰が来てぶつかるでしょうか。サタンは影も現すことができなくなるのです。このような基盤さえできれば地上天国は自然に形成されるのです。
原理結果主管圏を通過し、人間の責任分担を完成することによって愛を中心として連結されるので、直接主管圏に入るのです。そうすれば縦的な役事も横的にできるし、横的な役事も縦的にできるというのです。下に押せば横的になり、引っ張れば縦的になります。その言葉がそれです。引っ張れば縦的になり、下に押せば横的になるのです。それゆえ縦的にも占領できるし、横的にも占領できるのです。
神様の完全な愛が顕現するとき、サタンは現れることができません。それが責任分担完成です。責任分担を完成したならば、間接主管圏と直接主管圏において愛の因縁が結ばれるのです。そこで縦的愛と横的愛が連結されるのです。そうなればその縦横の愛を通じて神様の血統的な因縁が、血縁ができるのです。血筋が生じます。その血筋、神様の愛を中心として一つになり縦横の愛と因縁を結んで生まれた血筋は、サタンが干渉できないのです。サタンと因縁がないのです。ですから心情を受け継ぐためには、純粋な神様の愛を中心とした本然の伝統的血統を受け継がなければならないというのです。それが問題です。
責任分担の統一的直接主管圏の一致点というのは原理的父母の愛からのみ可能なのです。
責任分担は直接主管圏、間接主管圏を克服するのです。思いどおりに天上世界と地上世界に通じることができるようにするのは、神様の愛を中心として、一体的心情圏に入らなければならないのです。それが原理基準です。神様の愛を中心として自分の縦的な面の父母の立場を代表することのできる横的な面さえきっちり決まれば、そこからはサタンがいないのです。直接主管圏です。いまでに責任分担圏を越えることができていないので問題です。
責任分担完成は、結果主管圏と直接主管圏の過程を通過し、愛をもって一体化します。一体化して直接神様の指導圏に入るのです。主管圏に入る、それ自体が神様の心情圏に属するのです。