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第十章 論理学 : 一 従来の論理学 : (三) マルクス主義論理学 |
ヘーゲルによれば、概念が物質の衣を着て現れたのが自然であるので、観念(概念)は客観的存在でした。ところがマルクスは逆に、物質こそ客観的な存在であって、観念(概念)は物質世界が人間の意識に反映したにすぎないと主張したのです。しかしマルクスは、ヘーゲルの正反合の弁証法をそのまま受け入れて、それを物質の発展形式としたのです。したがってヘーゲルの観念弁証法に対して、マルクスの場合は唯物弁証法というのです。
この唯物弁証法に基づいてマルクス主義の論理学が立てられました。ところで唯物弁証法も弁証法、すなわち正反合の三段階過程を内容としている点においては観念弁証法と同一であるために、マルクス主義論理学もやはり弁証的論理学なのです。その特徴は本来、形式論理学、特に同一律・矛盾律に反対するということなのです。すなわち、事物が発展するためには「AはAであると同時にAは非Aである」でなくてはならず、思考の法則はその反映であると考えたからなのです。そして唯物史観の立場から、思考の形式と法則を扱う形式論理学は上部構造に属し、階級性をもつ論理学であるとして、これを拒否し、唯物弁証法による弁証法的論理学を立てたのです。
ところが形式論理学を拒否することによって、必然的に次のような困難にぶつかるようになったのです。すなわち、形式論理学におけるような前後に矛盾のない、終始一貫した正確な思考をすることができなくなってしまうという困難に陥らざるをえなかったのです。
言語学も同様な困難に陥っていました。言語も上部構造に属し、階級性をもつという主張とともに、共産主義体制下において、それまで常用していたロシア語に代わる新しいソビエト言語を使用する必要性が論じられるようになったのです。
そこで1950年にスターリンが「マルクス主義と言語学の諸問題」という論文を発表し、「言語は上部構造ではなく、階級的なものでもない」と言明したのです。言語学におけるこの問題は論理学における問題でもあったため、この論文を契機として、1950年から51年にかけて、ソ連で形式論理学の評価をめぐって大々的な討論が行われました。その討論によって、形式論理学の思考の形式と法則は上部構造ではなく、階級性をもたないという結論が下されたのです。そして形式論理学と弁証法的論理学との関係に対しては、「形式論理学は、思惟の初等的法則と形式に関する学であるが、弁証法的論理学は、客観的実在とその反映たる思惟との発展法則に関する高等論理学である」と規定されたのでした。
ところで、唯物弁証法に基づいた論理学すなわち弁証法論理学は、ここまで説明したように形式論理学の同一律、矛盾律などを批判しただけで、論理学として体系化された内容は誰によっても提示されていないのです。