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| 第八章 歴史論 : 五 従来の歴史観 : |
次は代表的な従来の歴史観を紹介します。従来の歴史観と統一史観の比較において、参考になるためです。
循環史観（運命史観）
ギリシャ人は、毎年、春夏秋冬が反復し、循環しているように、歴史も循環的に変化していると考えたのです。歴史的事件の発生と消滅は運命的なものであって、人間の力ではどうすることもできないだけでなく、歴史には意味もなく目標もないと見る立場が循環史観または運命史観の立場です。代表的な歴史家は「歴史の父」と呼ばれ、『歴史』（Historiai）を書いたヘロドトス（Herodotos,ca.484-425 B.C.）と『ペロポネソス戦史』を書いたトゥキディデス（Thukydides,ca.460-400 B.C.）です。運命論者であるヘロドトスは、ペルシャ戦争のくだりを物語的に描き、トゥキディデスはペロポネソス戦争を始めから終わりまで忠実に写実的に描きました。両者共に共通するのは、歴史は繰り返しているという考え方でした。
循環史観は歴史の経路を必然的（運命的）なものとして理解したのであり、人間の努力によって歴史の動向が左右される事実を認めず、また歴史には目標はないのだから未来像を提示することもできなかったのです。
摂理史観
歴史には始まりも終わりもなく、目標もなく、循環運動を反復するだけであると見るギリシャの歴史観に対して、キリスト教は歴史には始まりがあり、一定の目標に向かって直線的に進行するなど、循環史観とは根本的に違う歴史観を提示しました。すなわち歴史は人間の創造と堕落から始まり、最後の審判に至る救済の歴史であり、歴史を動かしているのは神様の摂理であるという主張です。これを摂理史観またはキリスト教史観といいます。
キリスト教史観を体系化したのがアウグスティヌス（Augustinus,354-430）です。アウグスティヌスは、彼の書いた『神国論』において、歴史は神様を愛する人々の住む神様の国（Civitas Dei）と悪魔に誘惑された人々の住む地の国（Civitas terrena）との闘争の歴史であると見たのであり、最後に神様の国が勝利して永遠の平安を得るとしたのです。このような歴史の進行は、神様があらかじめ定めた計画に従うものでした。
彼は堕落から救済に至るまでの人類の歴史を六つに区分しました。�．▲瀬爐�らノアの洪水まで、�▲離△�らアブラハムまで、��アブラハムからダビデまで、�ぅ瀬咼任�らバビロン捕囚まで、�ゥ丱咼蹈麒畆�からキリストの誕生まで、�Ε�リストの初臨から再臨までです。最後の６番目の期間がどのくらい続くのかは明らかにしませんでした。
このようなキリスト教史観によって、歴史は目標に向かう意味のある歴史として映るようになりました。ですが、人間は神様によって動かされる道具にすぎませんでした。そしてその歴史観の内容は神秘的なものを含んでおり、論理性や法則性が欠如していて、今日に至っては社会科学として受け入れがたいものとなっているのです。
精神史観
ルネサンス時代に入ると、神学的な歴史観が次第に影をひそめ、１８世紀の啓蒙主義に至ると、歴史を動かしているのは神様の摂理ではなくて人間であると考える、新しい歴史観が出現しました。歴史は人間の精神の進歩に従って、ほぼ一直線に、そして必然的に進歩していくと見る立場でした。これを精神史観あるいは進歩史観といいます。
ヴィコ（G.Vico,1668-1744）は、歴史における神様の摂理を認めていましたが、世俗の世界は人間がつくったものであるので、歴史は神様の意志だけでは説明することはできないといったのです。歴史の把握において、神様は背後に隠れ、人間が前面に出されたのです。
ヴォルテール（Voltaire,1694-1778）は、歴史に作用する神様の力を排除しました。歴史を動かしているのは神様ではなくて、高い教育を受けた科学を取り入れた人々、すなわち啓蒙家であるといったのです。
コンドルセ（Condorcet,1746-94）は、人間の理性を覚醒すれば、歴史は科学的にも倫理的にも調和しながら進歩すると主張しました。
カント（I.Kant,1724-1804）は、歴史の目的は人間のあらゆる高貴な才能の、諸民族の結合体における実現であるとして「世界市民的意図における人類の歴史」を定言しました。
ロマン主義の哲学者ヘルダー（J.G.Herder,1744-1803）は、人間性の発展が歴史の目標であるといいました。
ヘーゲル（Hegel,1770-1831）は、歴史を「精神の自己実現」あるいは「理念の自己実現」と見ました。理性が世界を支配し、世界史は理性的に進行するという見解であり、世界を支配している理性を彼は世界精神と呼びました。世界を支配している理性は、人間を操りながら活動しているといい、それを理性の詭計と称しました。ヘーゲルの歴史観は特に精神史観または観念史観と言われています。ヘーゲルはプロシアにおいて自由の理念が実現した理性国家が到来すると見たのですが、実際はそうではなく、かえって搾取や人間疎外などの反理性的な社会問題が深まってきたのです。そのようなヘーゲルの歴史哲学に反旗を翻して現れたのが唯物史観でした。
唯物史観
ヘーゲルは理性または理念が歴史を動かしているという精神史観を主張しましたが、それに対してマルクスは歴史を動かしている原動力は物質的な力であると主張し、唯物史観（革命史観ともいいます）を提示したのです。
唯物史観によれば、歴史を動かしているのは理念とか精神の発展ではなく、生産力の発展なのです。生産力の発展に相応して一定の生産関係が成立するのですが、生産関係はいったん成立すると、間もなく固定化して、ついには生産力の発展に対して桎梏化するというのです。そこに古い生産関係を維持しようとする階級（支配階級）と、新しい生産関係を求める階級（被支配階級）との間に階級闘争が展開されます。したがって歴史は階級闘争の歴史とならざるをえないというのです。資本主義社会において階級闘争が極に達すると、被支配階級であるプロレタリアートが支配階級であるブルジョアジーを打倒します。そして階級のない「自由の王国」である共産主義社会が実現するというのです。
この唯物史観が誤りであったことは今日の共産主義の終焉がよく物語っています。理論的な面から見ると、唯物史観の法則はみな独断的な主張にすぎなかったのです。例えば唯物史観は生産力の発展を物質的な発展と見ていますが、生産力がいかに発展するのかということに対して唯物弁証法的な説明がなされていなかったのです。また人類歴史は階級闘争による社会変革の歴史であるといいますが、そう主張するだけで実際に階級闘争によって社会が変革された例は一度もなかったのです。このように唯物史観はすべてが虚構の理論であったのです。
生の哲学の史観
ディルタイ（W.Dilthey,1833-1911）およびジンメル（T.Simmel,1858-1918）は「生の成長」とともに歴史は成長すると主張しました。これを生の哲学の史観といいます。
ディルタイによれば、生は人間的体験ですが、体験は必ず表現されて外の世界に表れるようになるというのです。そうして現れたものが歴史世界であり、文化の世界なのです。したがって宗教、哲学、芸術、科学、政治、法律などの人間の文化体系は生の客観化したものなのです。
ジンメルも同様に、歴史とは生の表現であると主張しました。生とは無限に続く波動名であるとしたのです。そして生（精神的な生）の生成の流れが歴史となるとしたのです。
ところで生の哲学の史観によれば、歴史上に現れる人間の苦痛や不幸を生の成長に付随して現れる不可避的な現象と見なします。したがって人間がいかにして苦痛や不幸から解放されるかという問題は、この哲学によっては解決することができなかったのです。
文化史観
第一次世界大戦前まで、ヨーロッパにおいて、歴史の進歩や発展に対する信頼は基本的には揺らいでいませんでした。そして歴史はヨーロッパを中心に発展していると人々は信じていました。そのような直線的で、ヨーロッパ中心の歴史像を粉砕したのがシュペングラー（O.Spengler,1880-1936）でした。
シュペングラーは歴史の基礎は文化であるとして文化史観を唱えました。彼は、文化は有機体であると見たのです。有機体である以上、文化は生まれるとともに成長し、やがて滅びるのであり、文化の死滅は不可避的な運命であるとしたのです。そして彼は西洋文明の中に、ギリシャ＝ローマの没落に対応する徴候を見いだして、西洋の没落を予言したのです。そのように西洋の没落を予知しながらも、ペシミズムに陥ることなく、不可避的な運命をたじろがないで引き受けて生きることを説きました。そこにはニーチェとの強いつながりがあったのです。シュペングラーの歴史観は決定論的でした。
シュペングラーの影響を受けながら、独自の歴史観を打ち立てたのがトインビー（A.J.Toynbee,1889-1975）です。トインビーによれば、世界史を構成する究極的な単位は地域でも、民族でも、国家でもなく、個々の文明でした。そして文明は誕生（Genesis）、成長（growth）、挫折（breakdown）、解体（disintegration）、消滅（dissolution）の段階を経るとしたのです。
文明発生の原因は、自然環境や社会環境からの挑戦（challenge）に対する人間の応戦（response）にあります。創造的少数者が大衆を導きながら文明を成長させてゆきますが、やがて創造的少数者が創造性を失うと文明は挫折します。そのとき創造的少数者は支配的少数者に転化し、文明の内部には「内的プロレタリアート」が、周辺には「外的プロレタリアート」が生まれ、支配的少数者から離反します。そうして世が乱れ、混乱期を迎えるようになりますが、やがて支配的少数者のうちの最強のものによって、「世界国家」が打ち立てられて混乱期は終わります。世界国家による圧政のもとで、内的プロレタリアートは「高等宗教」を育み、外的プロレタリアート（周辺の蛮族）は「戦闘集団」（侵略勢力）を形成します。そして世界国家、高等宗教、戦闘集団の三者が鼎立します。やがて高等宗教は支配階級を改宗させることにより「世界宗教」となりますが、世界国家は間もなく崩壊し、それとともに文明は死を迎えるのです。
こうした一つの文明が消滅したのち、外的プロレタリアートが侵入するが、外的プロレタリアートが高等宗教に改宗することによって次代の文明を誕生させます。この文明を受け継ぎを「親子関係」といいます。世界史の中で発生し、十分に成長した文明は２１でありましたが、現存する文明はすべて三代目に属するのであって、キリスト教文明（西洋とギリシャ正教圏）、イスラム教文明、ヒンドゥー教文明、極東文明の四つの系譜に分かれているといいます。トインビーの主張した三代にわたる文明の継承は、統一史観における、復帰基台摂理時代、復帰摂理時代、復帰摂理延長時代という三代の摂理的同時性と対応するものと見ることができます。
トインビーの歴史観の特徴は決定論を排除し、非決定論、自由意志論を主張したことにあります。つまり挑戦に対していかに応戦するかということは、人間の自由意志にかかっているというのです。したがって歴史の進む道は決して、あらかじめ決定されているのではなく、人間は未来を選ぶことができるとしたのです。
トインビーは人類歴史の未来像として明らかに神様の国（Civitas Dei）を描いています。しかし非決定論の立場から、「神様の国」か「闇の国」という未来の選択は、人間の自由意志にかかっているとしたのです。彼は次のように述べています。
神様自身の「存在」の法である愛の法のもとで、神様の自己犠牲は、人類の前に霊的な完成という理想を捉えることで、人類に挑戦しています。そして人類には、この挑戦を受け入れるか拒否するかの完全な自由があります。愛の法は、人類が罪人になるか聖者になるかを人類の自由に任せています。つまり、愛の法は、人類の個人的および社会的生活を「神様の国」への前進たらしめるか、闇の国への前進たらしめるかの選択を人類の自由に任せているのある。
トインビーの歴史観のもう一つの特徴は、近代社会が忘却したかに見えた神様を歴史観の中に再び導入したということです。彼は次のように語っています。
自分は、歴史とは、真剣に神様を求める人々に、御業によって自らを示し給う神様の御姿の、おぼろげでまた不完全な影像にほかならないと思う。
歴史観の変遷と統一史観
以上、従来の歴史観の概略について説明されましたが、ここで従来の歴史観と統一史観を比較し、統一史観が従来の歴史観を統一しえるものであることを見ています。
第一に、歴史を円環運動と見るかという問題があります。ギリシャの循環史観、シュペングラーの文化史観は歴史を円環運動としてとらえましたが、キリスト教史観や進歩史観、唯物史観は歴史を直線運動としてとらえました。一方、生の哲学史観は流動する生の成長とともに歴史は発展するとしましたが、これは進歩史観の変形と見ることができます。
歴史を直線運動としてとらえると歴史の発展に希望を抱くことができますが、人類歴史における挫折と復興の意義が理解できなくなります。他方、歴史を円環運動としてとらえるとき、国家や文化の滅亡は運命的なものとなって希望を見出すことができなくなります。
統一史観は、再創造と復帰という二つの面から、歴史を直線的な前進運動と円環運動の二側面をもった螺旋形運動としてとらえます。すなわち歴史は目標−創造理想世界の実現−に向かって発展していくという前進的性格とともに、摂理的人物を立てて、蕩減の法則によって、失われた創造理想世界を復帰するという円環運動の性格を合わせってもった螺旋形運動の歴史であったと見るのです。
第二に、決定論か非決定論かという問題があります。歴史は運命に従って必然的に運行するというギリシャの運命史観やシュペングラーの文化史観は決定論でした。歴史は神様の摂理に従って進行しているとする摂理史観も決定論でした。理性または世界精神が歴史を動かしているとするヘーゲルの精神史観や、歴史は生産力の発展に従って必然的に共産主義社会に到達するという唯物史観も決定論でした。これらはみな人間を超えた、ある力が歴史を動かしているという見解でした。このような決定論から見るとき、人間は常に歴史の力や法則に引きずられている受動的な存在にすぎず、人間の自由意志による努力によって、歴史を変えていくことは不可能となっていました。
一方、トインビーは自由意志論の立場から非決定論を主張しました。つまり、人間の自由意志によって歴史の進む道は選択されると主張したのです。しかしトインビーの非決定論の立場においては、歴史の未来像は不明であって、未来に希望をもつことができませんでした。
それに対して統一史観は、歴史の目標は決定的ですが、摂理的な事件の成就には神様の責任分担のほかに人間の責任分担の遂行を必要とするという観点から、歴史の過程は非決定的であると見ます。すなわち統一史観は決定論と非決定論の両側面をもつのであり、このような理論を責任分担論といいます。
このように従来の歴史観と統一史観を比較してみると、従来の歴史観はそれぞれ統一史観の一側面を強調していたことが分かると同時に、統一史観が総合的、統一的な史観であるということが分かります。ところでトインビーの歴史観には統一史観に似た内容が多くあります。摂理的に見るとき、トインビーの歴史観は統一史観が出現するための前段階を準備した史観であるといえます。言い換えれば、トインビーの歴史観は従来の歴史観と統一史観を連結する橋の使命をもっていたと見ることができます。
