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第四章 祝福家庭の伝統と生活礼節 : 一 祝福家庭の生活法度(方式) : 2.めちゃくちゃな生活をしてはいけない |
個人の生活をこうしなければならないということを確実に究明しなければならないし、また家庭の生活はこうしなければならないということも確実に究明しなければなりません。過去には漠然と生きて生活してきましたが、これからは具体的に生きていかなければなりません。
神様のために、静かに自分にあるすべてのものを犠牲にする時には、神様が私を擁護します。神様は必ず私の味方になります。
皆さんの家庭は愛の家庭にならなければなりません。そして皆さんは愛を中心として公的な夫婦になり、父母にならなければなりません。自分たちを中心とした私的な夫婦や父母になってはならないのです。父母が天に行く道から脱線しまいと精誠の限りを尽くせば、子供は絶対に親不孝ができません。
家庭を復帰しなければなりません。それ以上の伝道はありません。夫婦が早朝に起きて、子女の手を握って、涙を流して祈祷しなければなりません。そうして父親や母親が外出していない時、子供たちが父母を待ちながら慕って歌うことができなければなりません。
一人でいる時には、祈祷するとすべてのことがうまくいきました。しかし家庭では、反対する人がいると、その十字架を背負って本然の基準にまで突き抜けてゆかなければなりません。個人は客車であり、家庭は機関車と同じなのです。個人が失敗したものを復帰するのは簡単です。しかし家庭的に失敗すると破綻します。
子供たちがよく「お父さん大好き! お母さん大好き!」と言います。そのように、お父さん、お母さんが好きだと誇れることが、子供たちの安息の場なのです。
家庭を中心として父親が「よいしょ」と言うと息子も「こらしょ」、息子が「よいしょ」と言うと父親も「こらしょ」と言うことのできる基礎が必要です。しかし子供がいると言っても、国がなければ何の意味があるでしょうか。国がなければ一番も何も、何の意味もないのです。
祝福家庭はすべての人々の希望の標的です。しかし付加された責任を果たせなければ失望の家庭になります。