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第三章 礼拝と教会生活礼節 : 三 教役者(牧会者)がもつべき姿勢 : 3.男女問題、公金に厳格でなければならない |
今後、男女問題に許しはありません。許しよりも天が願われません。堕落というのは何ですか。性の問題を自己主管できなかったために堕落したのではありませんか。男性にとって最も問題となるのが衣食住の問題、性欲、次に物質に対する欲望、欲心、これらが罪悪の根です。これを主管できない人は責任者にはなれません。
男女問題が大きな怨讐です。これが天地の法度に背き、世の中を滅ぼしたからです。これに自信のない人は祝福の場に出てはならないということをはっきりさせるために、話しているのです。万が一、皆さんがこれを破り、あの世へ行って引っ掛かっても私は知りません。私の責任ではありません。引っ掛かった場合には逃れる道がないのです。歯を食いしばってでも脱線してはいけません。
今後、男女問題には得に注意しなければなりません。男性でも女性でも愛し合っているといううわさがある人は、今後絶対に責任者になれません。それは、そうしてはいけないようになっています。
男女問題に関してははっきりさせなければなりません。責任者はこの原則に厳格でなければなりません。そうでなければ誤解を受けるのです。弁明する道理がありません。ここで一度この問題に引っ掛かると、それこそ永遠に道がないのです。
宗教の背後には、いつも男女問題がつながっています。霊的な集団は、必ず男女問題にぶつかりました。それはどうしてなのでしょうか。エバが堕落する時、自分の夫アダムと天使長を相手にしたからです。ですから終わりの日になって、女性は二人の男に対して善悪を判断すべき運命に置かれるのです。そういうわけで、男性が宗教に入門して修道すると、最後の峠で美人が現れて誘惑するのです。もしその誘惑に乗せられるようなことがあれば、千里、万里の崖から落ちるのです。
教役者(牧会者)たちが息子、娘を育てていますが、非良心的な、良心の呵責を受けるようなことをしたり、あるいは公金をむやみに使ったりするよりも、いっそのこと食べないほうがましだというのです。食べなければ天と地が同情します。食べない人に同情しない人はいません。子供が飢えている時、食べさせてやらなければなりません。もうすぐ死ぬ人には同情するのが人情の原則なのです。それゆえ殺人犯が死刑場で死刑になる時、彼に「最後の願いは何か」と尋ねて、その時だけは願いを聞いてやるではないですか。そのように、悲しみ、困難に陥った人に同情すべきだと見るのです。
統一教会の幹部の中に、公金や物質の扱いを誤って、人情で自分の家庭を中心として公金を使い、心情的に蹂躙する人がいます。それは自分の息子、娘の前に毒薬を配給するのと同じです。間違いありません。サタン世界ではこれが引っ掛かるのです。公金に対してはどうすべきか、公的な人にどうやって対すべきか、公的なことをどう決定し処理すべきか、統一教会の牧会者は今後一大革新をしなければなりません。
霊界の法の中で最も恐ろしいのが、公金横領と公的な人を冷遇することです。最も恐ろしいのがこれです。責任者や神様の送った人をないがしろにすれば国が引っ掛かり、世界が引っ掛かるのです。
人間の生活において物質をないがしろにしてはならず、公金をきちんと扱わなければなりません。公金をきちんと扱わなければ天国の憲法に引っ掛かるのです。また、自分が出世したからといって勝手に人を人事措置することはできません。自分が出世して入った所に自分の怨讐の息子、娘がいたからといって、引き抜いて他の所に回して死ぬような立場に送ると問題が起こります。
先生が公金を使うときは、全体のことを案じる気持ちで使います。
これからは公私の問題を徹底的にしなければなりません。公金はサタンが配置した毒薬です。そのような公金を誤って使おうものなら滅びるのです。その公金から事が起こるのです。奸臣もそこから出てくるのです。そのために国が滅びることもあり、国を売り渡すこともあるのです。
私が血と汗を流して稼いだお金を、むやみに使うことはできません。むやみに使うことがあろうものなら、手足どころか自分の先祖まで引っ掛かるのです。公務員が国の国庫金を横領すると罰を受けますが、神様の公認を受けた天の公金を横領すれば天罰を受けるのです。