第4章 愛を中心とした人生行路 : 七 三時代を行く人生路程 :

 人間は、お母さんのおなかの中にいてから生まれ、一定期間を地上で生きてから死を迎えるようになっています。人間はこの世に生まれる前には、お母さんのおなかの中で十カ月を過ごします。
 あなかの中にいる時、幼い胎児の自由には限界があります。彼はお母さんの栄養をへその緒で引いて育つとき、日本を手を伸ばしたり引っ込めたり、口を開けたりつぼめたりしました。二本の足でばたばたするのが精一杯です。しかし、その胎児には、お母さんのお腹の中が自由天地であり、生の全領域であることでしょう。
 その胎児は十カ月目にこの世に生まれて育つようになりますが、それ以後の世界が今日私たちが生きている現在の地上世界であり、人間社会なのです。

 人は、なぜ生まれたのでしょうか。愛のために生まれました。それゆえ、真なる父母の愛に根を張り、お母さんとお父さんの保護と愛の懐である腹中で育ち、二十歳まで分別なしに父母から大切に育てられ、汚い物を汚い物であることを忘れて、すべてを喜んで消化させられる愛の中で成長してから愛の相対者に出会い、互いのために天理の愛に接ぎ木されなければなりません。
 そのような人生路程を行きながら、神様の愛がどのようなものかということを体験すれば、神様の対象愛の実体圏が完成するので、息子・娘を産んで愛するようになるのです。

 この世に生まれた人間は、胎児期のお母さんのおなかの中に比喩される宇宙での生を生きているのです。一言で言って、お母さんの懐のような宇宙で、人間百年の生涯を生きているのです。胎児がお母さんのおなかとは違う人間の世界を知らなかったように、今日地上世界で生きている人間たちは、死後の無形実体世界に対する実在が分からずにいるのです。お母さんのおなかの中では人間世界について分からなくても、実在として人間世界があったように、死後の世界もあることだろうと、ただ漠然とした心証をもっているだけなのです。
 けれども分明なことは、人間の死後の世界に対する心証的な存在可否にかかわりなく、確実に存在しているということです。しかし死後の世界は、人間が感知することのできる五官作用外にあるので、宗教を通した信仰をもって不信を克服しなければならないのです。

 人間には三時代があります。動物界にも水中時代があり、陸上時代があり、空中時代があります。すべてのものが三時代を経なければならないのです。ところで、人間は万物の霊長であり、すべての万物を主管できる資格を備えるためには、人にも水中時代があって、どんな存在よりも完全な生活体を備えなければなりません。次に陸上時代においても、どんな動物よりも最高の資格をもった存在でなければなりません。
 次に、空中時代がなければなりません。ところが、人間には翼がありません。翼がないのにどうやって飛ぶことができますか。飛び回るのは、どんな鳥よりも、どんな昆虫よりも、高く飛ぶことができて、遠くまで飛べなければならないのです。そうであるなら、どうすればいいのでしょうか。それは実体である肉身をもってしてはできません。どうやっても飛びません。
 そうですが、人間は万物の霊長であり、神様が霊的な存在なので、主管圏や相対的な立場に立つためには、その活動舞台が神様と同じでなければなりません。今日、電気や光でいうならば、光の速度は一秒に三十万キロメートル行きます。それよりも、もっと早く作用することができるのが人間です。それが何ですか。霊人体です。

 私たちはこの世に住んでいますが、この世の中だけにいるのではなく、霊界があります。では私たちが行くべき所、私たちが行って住むべき所がでこでしょうか。霊界です。霊界とは、愛の空気が充満した永遠の世界です。ですから一生は永遠の世界に入るための準備期間です。