第1章 創造本然の真の家庭 : 七 人間達が誇ることのできる最も大きな自慢の種 :

 神様は一人の男性と一人の女性を創造されました。そして彼らが完成した状態に至った後に、彼らをして天的な結婚生活をするようにされ、一双の天的夫婦として立てようとされました。神様はアダムとエバをして、最初の夫と最初の妻になるようにされ、天国建設を始めようと計画されたのです。万一それが実現されたならば、「生育し、繁殖せよ」と言われた神様の祝福はそのときに成されたはずでした。
 神様は彼らに神様の子女を繁殖できる力を賦与されたのです。そうなったならば、彼らの子女も罪のない完全な人間になったのです。アダムとエバはまたどのようになれたのでしょうか。罪は絶対に人類に継承されなかったでしょう。そのような子女をもつことによって、アダムとエバは神様を中心とした真の父と真の母となり、人類の真の父母になったでしょう。
 堕落せずに完成の位置まで上がったならば、アダムとエバは個人完成のみならず、宇宙史的な完成をしたことでしょう。また神様の愛を中心にした新しい家庭が出発したことでしょう。このように家庭から氏族、民族、国家、世界が成されたならば、神様に侍る一つの大家族社会ができたことでしょう。この大家族社会の中心は神様とアダムです。それで、その世界では神様を中心としたアダム家庭の生活や一生の路程が歴史的伝統として残ります。彼の生活方式、風俗、慣習、そして生活的な背景が歴史的伝統になるのです。それは神様の愛でつづられた伝統にならざるをえません。

 神様の愛は生命の源泉でありすべての理想の根源なので、その懐を離れようとしても離れられず、離れたとしても再び戻らざるをえません。堕落したこの世界でも、父母のもとで生活していたものがその懐を離れたり、兄弟のもとを離れたら、いつも寂しく感じ、父母や兄弟を懐かしがるのを見ます。同じように、生命と理想の主体であられる神様の愛でつながっていたら、その懐を離れられないのです。離れれば寂しくなり悲しく、喜びがあるはずがないので、神様の愛の圏内で一つになるほかないのです。
 そのような立場で人間たちに誇るものがあるとすれば、第一に神様は私の父だということであり、第二に自分たちは神様の愛を受けられる息子・娘だということであり、第三に自分たちは神様が創造した宇宙の相続者だということです。今日世の中の人たちは、金持ちの婿になっただけでもたいそう誇ります。ところが神様が私の父であられ、その父の愛を完全に受けられるならば、それ以上大きな誇りがどこにあるのでしょうか。

 アダムとエバが神様を中心とする理想家庭を築いたならば、神様のみ旨は成就されたでしょうし、アダム家庭は、上は神様を父として侍り、下は人類始祖の立場で、一つの結合した愛の基点を整えられる家庭になったでしょう。
 その家庭は、神様が創造したアダムとエバの理想を完成するために、愛の結合によって一体になることのできる基となったことでしょう。