第11章 家庭は永遠の幸福の土台 : 七 家庭を通して人間が行くべき天道 :

 人間は自分の父母を愛するかのように隣り村の父母を愛し、自分のおじいさんを愛するかのように隣り村のおじいさんを愛さなければならないし、自分の息子・娘を愛するかのように隣り村の息子・娘を愛さなければなりません。そうすれば上下関係が広がり、左右が広がり、前後関係が広がるのです。それが繰り広げられ、この縦的な心情の基準が築かれ、天道が生じるのです。
 ですから、それを実践しようというのです。私たち統一教会はそれを実践するために理想的な家庭を建設するのです。そのようになるのです。教会という所は、その縦的な基盤を横的に四方化させることができる所です。その数が多くなるほどいいのです。
 なぜ多いといいのですか。家庭時代から氏族圏を越えて、氏族圏から民族圏を越えていくからです。それゆえ、伝道をたくさんするほど天的な基盤が自分を通して繰り広げられるので、神様の前に人格的価値基準が前進するのです。それで、私たちは、この縦的中心で何をしなければなりませんか。これを横的に再現させようというのです。

 お父さんとお母さんが一つなる日には、その家庭は発展し、子供と父母が一つとなる日には、より次元の高い家庭に発展することを知らなければなりません。それでは、家庭と親戚間において一つとなる日には、どのようになるでしょうか。そこには新しい民族の正気が起こるでしょう。
 それがより高い次元に向かっていこうというときには、環境的に全部結束し、国家基準まで忠臣の血族として残されるようになるということを忘れてはなりません。

 もう先生は、遠からずおじいさんになります。皆さんも年を取ると、おばあさんやおじいさんになります。同じです。息子・娘に生まれ、結婚してお母さんやお父さんになり、おばあさんやおじいさんになっていくのが一生です。それゆえ、おばあさんやおじいさん、次にお母さんやお父さん、その次に自分たち夫婦、その次に息子・娘、これが人生の公式的路程なのに、それを愛さなければ天道にはずれるのです。これを根本的にまとめておかなければ世界を収拾する道がありません。
 西洋のような所を見ると、おばあさんやおじいさんがかわいそうです。彼らは東洋の風習がどれだけうらやましいか分かりません。「ああ! 東洋思想は、おばあさんやおじいさんたちに神様のように侍り、七十、八十歳の老人のすべての世話を息子がするのだから、それがどれだけいいだろうか」そう思っているのです。
 それゆえ、おばあさんやおじいさんを愛することが分からない人は、神様を愛することができないのです。一番、年を取ったおじいさんは誰でしょうか。そのお方は神様だというのです。おじいさんよりも、お年寄りの方が神様であり、子供よりも若い方が神様なので、すべての人を愛さなければ神様を愛することができないのです。
 それゆえ神様が年を取っておられるとすれば、一番、年を取っておられる方ですし、未来に対する青春ならば、誰よりも青春です。その方を私が愛するために、その中にいるどんな人類も私が愛さなければならないし、歴史の時代に霊界に行った方たちも、その圏内で今、希望を求めて生きようとしているので、その方たちまでも愛すべきであり、神様に従って愛することのできる道を求めていくというのが理論的です。