第11章 家庭は永遠の幸福の土台 : 五 天国は家庭単位で入る所 :

 天国とは何でしょうか。極楽または天堂に行くといいますが、自分一人で行く所ではありません。自分の父母と兄弟が一緒に行かなければならない所が天国です。天国に行く秘訣は何でしょうか。天国は個人だけが入るのではありません。家庭的に入らなければなりません。家庭的に入らなければならないだけではなく、血族を率いて入らなければなりません。この地上で神様の前に多くの血族をもったということは、福を受けるということです。
 ある家庭に息子・娘が多く、財物が豊かなら、福を受けた家庭だというでしょう。このように福を受けて、、天国に入ろうとすれば、個人が一人で行くのではなく、家庭的に入らなければなりません。天国は絶対に個人では入れません。先生が探ってみると、天国は今までキリスト教徒たちが信じている、そのような妄想的な所ではありませんでした。
 本来、天国は家庭単位で行くようになっている所です。家庭が行くようになっているのです。家庭が行くのです。お父さんとお母さんと息子・娘が共に行って、神様を中心として共に暮らすことのできる所が、理想的な世界なのです。ところで、お父さんは地獄に行き、お母さんは天国に行き、兄姉は地獄に行き、弟妹は天国に行く、そのようになれば、自分は天国に行ったとしても、うれしいでしょうか。天国は家庭として行くのです。家庭が行くのです。

 天国とは、人間が堕落しないでこの地上で神様の愛の懐において聖婚をして、神様が好まれる息子・娘、神様が喜び得る孫たちを迎え、神様の愛を受けてその家庭がみんな一緒に入る所です。子供が入ることができなくても、自分だけ入れば天国ですか。しかし、楽園はいくらむつまじい夫婦や父母、子供でも別れて入る所です。家庭とは何ら関係がありません。そのような所が天堂ですか。
 父母に侍り、全家族すべてが入り、神様を中心として授け受けることのできるその世界が天国です。息子が地獄で死ぬと騒いでいるのに、父母は天国で満足に生きればいいのですか。そのような所が天国ですか。
 統一教会でいう天国は、一人で入る天国ではなく、家族が一緒に入る天国です。神様の創造理想を見るとき、男性と女性が別れて入る所が天国でしょうか。違います。二人で入る所が天国です。お父さんが入ればお母さんも入り、父母が入れば子供も共に行く所が天国だというのです。お父さんとお母さんが一緒に行ってこそ天国であり、お父さんは天国に行くのにお母さんが地獄に行けば、天国になるでしょうか。

 本来、創造原則による天国は、家庭を中心として入る所です。父母が入り、子供が入り、自分の一家全体、一族が入ってこそ幸福なのであり、父母は地獄に行き、子供だけが天国に行くなら、それが何の天国でしょうか。ですから、統一教会がこれから天国に行くことができる道を立てるためには、家庭的な基準を立てなければなりません。そうでなくては、天国に行くことはできません。家庭を中心として、サタンが讒訴できる基準から脱しなければなりません。歴史的な讒訴基準、時代的な讒訴基準から脱しなければなりません。

 本来神様は、夫が天国に入り、妻が地獄に入るように創造なさったのではありません。創造当時の理想の主人公たち、すなわち、父母と息子と娘が、氏族を成し、民族を成し、国を成そうというものでした。それでこそ、いいのではないでしょうか。ところが、人間が堕落したために地獄が生じたのです。