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第9章 真なる子女教育 : 二 父母は子女に何を教えるのだろうか : |
真理の内容とは何でしょうか。真理の内容がいくらいいといっても自分の父母に代わることはできないし、真理の内容がいくらいいといっても自分の夫に代わることもできないし、また自分の妻や息子・娘たち代わることはできません。真理中の最高の真理とは何でしょうか。それは父母であり、夫婦であり、子女です。それ以上はないのです。
それでは真理の中心とは何でしょうか。愛です。このような原則を中心として見るとき、最高の真理の中心とは何でしょうか。人々は、神様が真理と善と愛の本体であり、生命の本体だといいますが、それはどういうことですか。みな同じことです。真理が成立するには愛と生命がなければできないのです。人間が真の真理を論じることができる人になるには、自分の生命の中に、真理に対する意欲と欲望がなければなりません。
ここで欲望とは、自分の人格基準とは相対的な立場です。ですから一番の核心は何でしょうか。生命の本体、愛の本体、真理の本体は神様ですが、神様はどのようなお方なのでしょうか。私たち人間の父であると同時に、母です。ですから核心は父母なのです。
また、私たちの最も貴い遺産は何でしょうか。神様の愛と真の父母の愛を子女に相続してあげることが最も偉大な、この世にない相続です。神様をよく紹介しなければなりません。神様の愛がどのようなものかをよく紹介しなければなりません。それを子女が分からないので、神様の代わりに神様のように愛し、自分の父母を求める以上に神様を求める子女となるように教育する、そのような父母にならなければなりません。
私たち統一教会員は何をしようというのでしょうか。「最高の愛のために死のう。神様と人類と世界のために死のう」と言うのです。「このような作用も愛のために始まったし、このような方向も愛のために始まったし、このような目的も愛のために始まったし、男性も女性も愛のために始まったし、父母も愛のために始まったし、息子・娘も愛のために始まったし、宇宙のすべてのものも、愛の贈り物のために始まった」ということを教えるとき、これ以上の教育はありません。このように生きていった人は間違いなく、神様の前に行っても恥ずかしくないことでしょう。
祝福家庭の人たちを見ると、自分の子供である二世たちに「勉強しなさい」と言います。自分の息子・娘に勉強しなさいと言ったからといって、その息子・娘が親孝行になり忠臣になるのではありません。とんでもありません。「統一教会でお父さんと母さんは苦労したけど、私はそのような道は行かない!」。このようなことがあり得ます。それを消化させることのできる愛の道理を教えなければなりません。
ですから父母が息子・娘を連れて回りご飯を抜いてでも自分の町を愛し、国のために祈祷し涙を流せば、このようなことが分別のつかない時は悪いことだと思いますが、分別がつくようになる時には「うちのお父さんとお母さんが最高だ」と言うようになるのです。父母が我が子のためだけに涙を流したのではなかったということが分かるようになります。
自分の子供を捨てて国を愛し、神様のみ旨のために生きて人類を救おうとしたという事実を分別がつけばつくほど知るようになるのです。自分勝手に生きてはいけません。皆さんが子供を案じるからといって、その子供たちがよくなるのではありません。愛の糧を食べさせて育てなければなりません。正しい愛を求めていくことのできる方向感覚を教えてあげなければなりません。
分別がつけばつくほど、年を取れば取るほど、そこで黄金を見つけるとき、一塊の金しかない山だと思っていたのに掘れば掘るほど山自体が金の塊になり得ることを知るようになります。