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第8章 真なる父母の愛 : 七 父母の愛はすべての愛の基準であり、伝統になる : |
何よりも父母の愛が初めなのです。その愛を動機としてその愛で円満に育った人なら愛がどのようなものかということを知っています。お父さんとお母さんを愛するので、父母の間の愛がどのようなものかを父母を通じて習うのです。それが子供には二つとない喜びになるのです。愛を体得することは、父母をもった立場でなければできないことです。
子女の間の愛はどうでなければならないでしょうか。何を基準にして愛さなければならないでしょうか。お父さんとお母さんが愛するように、兄弟姉妹たちも愛し合わなければなりません。愛は誰から習うのかというと、それは父母から習わなければなりません。息子・娘がお父さんとお母さんに対して「私のお父さんとお母さんは世界で一番素晴らしい人だ。神様のような存在だ!」と言うことができなければなりません。
夫婦間の変わらない心といちずな愛を見て、子女たちが「その愛を見本として、子女である私たちも一つになろう!」と言うとき、理想的な家庭を築くことができるのです。また子供が成長して思春期になれば、心と心情が一つになることのできる相対を求めるようになります。これは結婚を通して成すことができます。
ですから相手をこの上なく大切にして、愛と心情の基準を立てるために努力する道は男性が行くべき道であり、女性が行くべき道でもあります。ですからお母さんとお父さんも神様の心と神様の愛に一致し、子供も父母に似て、神様の心と神様の愛に一致できる家庭にならなければなりません。
父母の愛を中心として兄の立場に入った人が自分を犠牲にしつつ、父母の身代わりとして弟たちを愛するのが愛の秩序であり、伝統です。兄という立場は兄弟たちの中で一番苦労をたくさんしなければならない責任ある立場です。父母の立場も同じです。子供に代わって、子供よりももっと苦労する立場が父母の立場です。父母が愛を中心として子供のためには、涙が交差する場をも甘受しようとするなら、子供たちは涙を流しながらもその父母についていきたく思うのです。
神様を中心として一つになるとき、千態万象となって回るようになるのです。ですから兄弟間で愛することも、父母が子供を愛することに倣って兄は弟を愛さなければならないのです。そのように愛し、一元化した家庭には家庭愛が花咲くのです。これがまた社会愛になります。これがさらに民族を愛する民族愛になります。そして、このように愛すれば世界愛になるのです。
皆さん自身が父母の愛を受けるのはなぜでしょうか。夫婦であるお父さんとお母さんが互いに支え合い、愛し合うその動機が皆さんによって成されるからです。分かりましたか。ですからその動機を中心として兄弟同士愛し合うその愛は変わらないでしょう。
それを中心として隣人を自分の体のように思って生活するとき、正しい社会環境が展開されるのです。家庭を中心として見ればその家庭が蘇生であり、社会が長成であり、国家が完成です。必ずそのような過程を経なければなりません。家庭と家庭をみな合わせなければなりません。そうすればこそ、その中で愛が広がるのです。
こうして国家の範囲でも一つに合わさるのです。ここで社会はいろいろな段階に分かれるようになっています。会社には社長という代表者がいるでしょう。そうでしょう。国家の責任者が今何人ですか。一人でしょう。一人の責任者がいます。このような姿に統一されるのであり、形だけが大きくなるのです。このように、分かれていても一つになるのが四位基台の原則です。