第6章 思春期の変化と真なる結婚 : 五 思春期に起こる身体的変化は何のためか :

 少年期には漠然とした夢の中で健康に育つことだけを望みますが、思春期になり身体的、生理的変化が生じるようになれば、異性に対する関心が高まり、瞳は好奇心と美しさできらきら光るようになります。体もおしゃれをするため、着物の身だしなみを整えるようになるし、顔もよりきれいにするために、整えることに余念がなくなるのです。そのような時に唇を見れば彼が思春期にさしかかっているのか、そうでないのかを知ることができます。
 女性たちにおいても、思春期にさしかかれば月経が始まり、身体的に多くの変化が起こるようになります。お尻が大きくなり、胸がふくらみ、唇は赤くなり、瞳は神秘的に輝いたりします。そのような女性の変化は、どうして、誰のために起こるのでしょうか。女性の身体的変化は、直行していた道をくるくる回るための変化なのです。くるくる回っていくことのできる運動を始めるための変化だというのです。
 直行する道には何の調和もありません。直行する道は二回行ったり来たりすればすべてのものが消耗され、何も残るものがないのです。直行する道を行ったり来たりすれば環境を破壊するだけで、環境の調和は起こりません。環境の調和と保存のためには回っていかなければなりません。それゆえ、すべてが回っていくべきです。回っていく場合は、自分を中心にしては回っていくことができないので相対を中心として回っていかなければなりません。
 回っていく場合は相対とぶつかってこそ、回っていくことができます。相対者とぶつかれば自動的に反作用が起こり、回る運動が始まります。これは天地の道理です。それゆえ、女性に身体的な変化が起こるのは相対者と出会い、回っていくためです。ぶつかれば回っていくための力が生じるようになります。女性が化粧をしてきれいに飾るのは、自分のためというより相対のためであるといえます。
 美しく身なりを整えた女性を見ると、その女性が男性を見る目はひときわ輝きます。自分の相対を見つけるため、自らをきれいに装うのは自然の現象といえるでしょう。しゃれた男性に出会うため、理想的男性に出会うため、心を焦がしながら歩き回るようになります。
 皆さんのような思春期の独身男女がともに会って話をする時は胸がはずむのです。はずむでしょう。はずみますか、はずまないですか。分からないのですか。はずみますか、はずみませんか。(はずみます)。それみなさい。興奮するでしょう。そして興奮するようになれば心のうちに変化が生じます。ところが、その心が神様を中心とせず、反対の立場に立てば悪になるのです。心は誰を中心とするのでしょうか。神様です。その神様を中心とした心と心情が、一つになることのできる所に上がれるようにするのが愛です。何の話か分かりますか。
 このような立場で一つの障害を送らなければならない人間であるために、人間は愛を中心とした理想と希望をもたなければならないのです。そして、最後の場で輝くことのできるのが愛なのです。