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第5章 創造本然の男女の愛 : 七 愛はきわめて自然なところで成される : |
先生が幼いときにあった話ですが、ある日、鳥を一つがい捕まえて、二羽のくちばしを口づけさせる遊びをしたことがあります。二羽が互いに口づけするのを見るために、巣を作ってえさをあげながら観察したのです。その鳥たちが互いに愛し合って楽しそうに歌を歌うのを見たい子供心からそうしたのです。それはすべての自然の道理をはっきりと知るための、一つの好奇心、子供の実験のようなものでした。
今考えれば、全く意地悪な行いをよくも続けたものです。愛は自然な中に築かれることを長らくして悟ることができました。愛は自然な中、最高に自由な雰囲気の中で成されるものが真実の愛なのです。先生が愛について正しく知っているのは、長年の実験を経てはっきりと分かるようになったからです。
愛の価値を失った人を、大学で教育させて、何が変わるというのでしょうか。彼らはみんな知識を蓄えるだけで、個人主義者になり、物質主義の信仰者をつくり出すだけなのです。テンジャンチゲ(注・肉、野菜などをみそとともに煮た煮物)は土焼きの器に入れられて、もろもろの味を出すのと同様に、人格修養も、愛を基にしてこそ所期の目的を達することができるのです。
世界文明は、美術的調和を整えた基盤の上で花咲かせなければなりません。焼きカルビは皿に盛らなければならないし、テンジャンクッ(注・韓国風みそ汁)は土焼きの器に入れられてこそ、もろもろの味を味わえるのと同じです。風味のよいテンジャンクッの味は、一度味わえばどこへ行っても忘れることができないのです。同じように、人間も風味のよい味に似た、そういう愛を一度味わえば変わることがないのです。
甘いだけのインスタント食品には飽きを感じるように、愛もインスタント食品のようにどこででも簡単に求めることができれば、それは真の愛だとはいえないのです。
最近はインスタント食品のように愛する人たちが、至る所に広がっています。それが問題なのです。香水風呂に入って沐浴したといっても、愛が深まることはありません。田舎に住みながら冷水に体を入れて洗い、寝床に入る夫婦の愛のほうがもっと純粋で、長くたてば深まるものだといえるのです。
夫婦がキスをするために歯をみがくとすれば、それは自然な愛ではなく、歯みがき粉のにおいのために、その人だけがもっている固有の体臭を味わうことができないのです。歯をみがいてキスをする人を見ていると、その人は愛を味わうためにキスをするのか、それとも歯みがき粉のにおいを味わうためにするのか分からないほどです。
皆さんが好きな、愛する人と出会えば抱擁したいし、口づけもしたいのは、自然な異性間の本能なのです。「私」が環境と接しているのは、この宇宙を好きになるためです。それは、相手を探し出すための人間の自然な行為です。すべての人間が相対的理念のもとで、男性は女性に対し、女性は男性に対するとき、ここには愛の秩序に違反する行為や事件はないのです。真の愛の秩序は、相対的な理念をもとにして男性と女性が出会うとき生まれるものです。