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第5章 創造本然の男女の愛 : 六 真の愛に酔った本然の人間 : |
この世で最も神聖なものは何ですか。世の中で最も神聖なものは真の愛です。真の愛は神様から出発します。神様が存在されるならそれ以外の道はありません。神様が心から願われるのは真の愛の道であり、真の愛の道を通らなくては、神様の前へ出ていくことができないということを知らなければなりません。
神様は愛を通して、見て、聞いて、食べて、触れてみたいのです。人間も神様から愛の口づけを受けたなら、内部が爆発するような喜びを感じるはずです。神様の願いはここにあるのであり、ダイヤモンドや宝石を所有してうれしいとおっしゃるのではありません。
人間を見れば、人体は五官をもっています。人間は誰でも五官の認識によって、真の愛を感じ、確認するようになっています。目が真の愛に向かっているなら、その目は真の愛に染まって酔うようになっています。酔った瞳の色はどれほど美しく光るでしょうか。口が真の愛に溺れているなら、ほほえむその唇はどれほど恍惚としたものか、考えてごらんなさい。人間の五官が真の愛に酔って動く姿、神様に向かって動く五官の調和がどれほど美しいだろうかと想像してごらんなさい。そのような美しさを通した喜びは、神様お一人では体験することができないのです。そのような美しさは相手がいてこそ体験するようになるので、神様が人間を創造された目的でもあるのです。
真の愛に酔った瞳の手入れをしてあげたい、唇に口づけしたい、心の旋律を一度奏でてみたいという美しい男性と女性がいるなら、神様はどのようにされるでしょうか。真の愛のエバがいるなら、そのエバの心情世界を一度は旅行したいという思いをもたれるはずです。美しいエバの心情世界、心情圏がどれほど広く深いかを確認したいという衝動をもたれるはずだというのです。
神様は天地を創造した以上に美しい内容を所有しているアダムとエバの心情世界を旅行したいと思われるでしょう。神様は真の愛の人間に対して宇宙を旅行すること以上に、その心情世界を旅行したいと思われるのは確実であり、アダムとエバの真の愛の心情世界を永遠に離れたくないという思いをもたれるでしょう。
神様が人間を造られたのち、人間の真の愛に溺れ、愛の迷子になったなら世の中はどのようになっていたでしょうか。人間の中に神様が住まわれるようになるので、神様と人間が一つになってつくりだした世界は、喜びと美しさが充満した世界であるのは確かです。
真の愛が完成したなら、感応の神様はその真の愛にどっぷりつかっても後悔なさらないはずです。真の愛の中でならどんなことが起こっても、ひたすら喜ばれる方が神様であられます。真の愛の世界で人類が生きるとすれば、一生後悔のない幸福な生涯になることでしょう。また世の中に戦争の歴史もないでしょうし、不満や不幸のない世界になっていたでしょう。