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第二章 神様と創造の役事 : 四 愛の理想は家庭を中心に完成する : 2.創造理想は家庭完成によってなされる |
人間祖先を通じた神様の理想は、男性と女性が結合して理想的な家庭を築くことでした。そうなれば理想的な家庭の中心は男性でもなく女性でもありません。家庭というのは父母と子女、夫婦の結合からなる一つのまとまりなのですが、その結ばれた中心がすなわち神様の愛です。神様の愛を中心として家庭を完成することが神様のみ旨であるという結論が出てきます。
家庭は永遠不変の起源であり、礎です。これは父親も変えることはできず、兄弟も変えることはできず、いかなる国のいかなる制度によっても変えることはできません。また世界的にも変えることはできず、天地も、神様も変えることはできません。それゆえ家庭というものには革命という名詞は永遠に必要ないのです。
人間には父子関係がなければならず、夫婦関係、兄弟関係がなければなりません。すなわちこの三つの関係が一点にならなければなりません。その中心点は一つです。上下、左右、前後の中心が異なってはならないのです。この中心点が異なれば、上下、左右、前後関係の均衡がすべて崩れるのです。それで結局、上、下、左、右、前、後ろ、そして一つの中心点まで合わせて7数となるのです。このように7数となるのは、すなわち神様を中心として完全な真の愛で一つとなり、このすべてが完全に球形を成して、調和と統一を成す家庭になるということです。
父母と子女、夫婦、そして兄弟姉妹がみな、真の愛を中心として合わさることを願うところが私たちの理想家庭です。ここから永遠な世界的平準化が始まることによって地上天国が出発するのであり、また地上天国も自動的に築かれるのです。
神様は真の愛の本体なので、真の愛と連結されればすべてが同じ体となります。父母は神様に代わる生きた神様であり、夫と妻はお互いにもう一方の神様であり、息子、娘は、もう一つの小さい神様です。このように三代が真の愛を中心としてつくられた家庭組織が天国の基盤です。そのような基盤をつくらずしては天国が築かれません。家庭というのは宇宙の中心です。家庭完成は宇宙完成の基礎であるがゆえに、家庭で愛するように宇宙を愛すればどこでも無事通過です。このような場合神様は、宇宙全体の父母として愛の複合的な中心におられます。
神様を中心とした創造本然の家庭的基台には、男性の愛、女性の愛、息子の愛、娘の愛、父母の愛、神様の愛がすべて含まれています。このように消化された位置において父母を愛し、夫を愛し、息子、娘を愛すれば誰でも天国生活をすることができます。
一つの家庭は社会の倫理的基盤であり、人間世界において最も根本となり、根源的であり、一次的な組織です。このような家庭において、愛が最善の価値基準となるのです。
人の一生で最も重要な時とはいつかというと、生まれる時、結婚する時、死ぬ時です。それでは生まれる時はどのように生まれるべきでしょうか。良く生まれなければなりません。次には結婚する時です。結婚というのは生きるためにするものです。すなわち四位基台の造成のためにするのです。このような宇宙の公法を地球上に立ててこそ神様のみ旨が完成し、人間の志が遂げられるのです。このような宇宙の法度が指向する内容を備え、その形態を備えるためのものが家庭です。
神様の創造理想は、人間始祖であるアダムとエバが、善なる子女を繁殖して神様を中心とした一つの世界をつくり上げることでした。
「家和万事成」という言葉があります。その家庭が平和であれば万事がうまくいくという意味です。完成した家庭は平和の家庭であり、これは天国の基礎です。家庭の原動力は真の愛です。私よりも神様を、そして対象を生命のように愛する純粋で美しい愛、これが真の愛です。神様はこの宇宙に、真の愛の力よりも大きい力を創造されませんでした。真の愛は神様の愛です。
この地球上に神様のみ旨が成し遂げられたならば、アダムを中心とした単一文化圏が形成されたことでしょう。今日のように多くの民族がそれぞれ異なった文化と文明を形成するのではなく、アダムを中心として一つの単一文化、単一思想、単一文明をもった世界となったことでしょう。そのようになったとすれば、文化、歴史、風習、言語、伝統などがすべて統一されていたことでしょう。
神様の愛圏の中で理想的な家庭を築き、氏族を築き、民族と国家を形成し、さらに拡大されて、アダムの理想が実現された一つの理想的世界を築いたことでしょう。木の根、幹、葉が一つの生命につながっているように、愛を中心として上には神様を父として侍り、下には万民を兄弟のごとく一つの生命体となるようにして、神様を中心とした永遠な理想世界を築くことこそが、神様のみ旨から見て世界観です。このような世界の人間には救いは必要でなく、メシヤも必要ありません。なぜならば、その世界に暮らす人間は神様の善なる息子、娘だからです。