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第六章 「真の父母」と我々 : 第三節 「真の父母」の苦労と我々 : 三 我々のための「真の父母」の苦労 |
「真の父母」が真の子女を生むことは易しいことでしょうか、大変でしょうか? 失ったものを探すのが、どれほど大変かというのです。個人が反対し、家庭が反対し、氏族、民族、国家、世界、天地、霊界が全部反対するのに、これを率いてきたのです。商売心でそうしたでしょうか? 何のためにそうなのですか? 愛を中心として、愛を探そうとしたためです。それを知るべきです。
今、皆さんがそのような資格をもっては、その前に立つことができないということを知るべきです。皆さんが、100回訪ねてきても門前でけ飛ばしてしまい、1000回訪ねてきてもけ飛ばしてしまうのに、皆さんを訪ねてきてこうしているという事実を知るべきです。自分が、難しい迫害をみな一手に被っているのです。
皆さんが過ったことを、全部先生にもってきてなすりつけるでしょう? 私がアメリカに来て、悪口を言われるべきこと、反対されるべきことは、何もしなかったのです。それなのに、皆さんが過って、私が悪口を言われるのです。この世なら、皆さんを捨てていくのに、捨てられずにいるのです。
アメリカの法廷にも、私は、ほうっておいて、現れなくてもいいのです。しかし、皆さんのために……。私がいなければ、皆さんがどれほど引き裂かれるでしょうか? それで、私が打たれて、皆さんを守ってあげ、保護してあげるのです。