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第五章 天国と「真の父母」 : 第四節 天国と真の愛 : |
「真の父母」を中心とした所から、理想的な歴史の出発、新しい文化の出発、新しい愛の出発が起こるのであり、新しい人生の出発、新しい家庭の出発、新しい国家の出発、新しい世界の出発が起こるのであり、天国と神様の愛の出発が起こるのです。
この「真の父母」という言葉が、今まで知っていたそのような内容の言葉ではないことを、皆さんは知るべきです。このような後世と関係を結ぶため、国も滅び、個人も滅び、家庭も……。それゆえ、この位置は、数多くの、数億数千万の犠牲の祭物の血が訴えている位置であるということを、皆さんは知るべきなのです。
聖書には、アベルがカインに殺されて血を流すことによって、天に讒訴したと出ています。そのような歴史を全部解怨成就することができる立場は、この立場しかないのです。
そのような使命を受け継いで、そのような驚くべき蕩減の道を、真っ直ぐにするために集まった群れがどのような群れかというと、正に皆さんです。それを本当に知るようになるなら、自分の生命がどうだ、自分がどうだという不平は、千回死んでも、夢にも言えないのです。
本来、神様の創造理想とは何かというと、「真の父母」の名前を通じて天国の王国と、地上の王国を成すことです。これを知るべきです。「真の父母」の名前をもたずには、地上天国と天上天国が生まれません。今日、キリスト教徒たちに「イエス様は神様の愛する長子であり、息子なのにもかかわらず、なぜ天国に行けず、楽園に行っているのか?」と聞いてみると、答えられないのです。
天上天国と地上天国は、「真の父母」の完成と愛の基盤を通じてのみ成されるということです。霊界に行って王国を統一するのは、「真の父母」の使命であって、他の人の使命ではありません。イエス様が「真の父母」になれなかったので、楽園に行っているのです。
堕落した世界には、まだ「真の父母」の愛を受けた物もなく、受けた人もなく、現れた痕跡もないのです。ですから、霊界にそのような基盤が生まれても、必要がないのです。縦的であり横的な原理基準、公式がしっかりとできているのです。公式ができているということを知るべきです。勝手にしてはいけないのです。
天国は男女の愛から始まるのです。分かりますか。何を中心として……? 神様の愛を中心として……。垂直線をセンターにして、水平線が統一されている所が本然の天国です。それで、神様がこの中に来て……。神様がおられるのに、男女がすっとその中で核になって、体と心が共にぴたりと丸くなるのです。
そこで心は何かというと、垂直的な自分です。体は何かというと、水平的な自分です。明確なのです。その次に、垂直的な心は、神様であり、垂直的な体は何かというと、「真の父母」なのです。水平的な体は、水平的な父母であるということです。それが一つになるのです。
皆さん、心を見ましたか?(いいえ)。神様を見ましたか?(いいえ)。心は垂直的です。見えはしませんが、垂直的です。体は見えますが水平的です。分かりますか?(はい)。90度、これは男性が好むのです。(笑い)
家庭は大宇宙の縮小体です。分かりますか?(はい)。我々、人の中に霊界がありますか? 霊が入ってきていますか、入ってきていませんか?(入ってきています)。それは何ですか。それが心です。見える体は世界の代表です。二つがセンターを中心として、完全に四方を歩き回っても、ひと所を離れなければ、理想的な人になるのです。簡単なのです。
見えない心と、見える体が、真の愛の核を中心に一つになるとき、これが理想的な男性と女性、個人の完成なのです。分かりますか?(はい)。
そう、皆さんの体と心が、いつ何によって一つになるのですか。(真の愛です)。真の愛で……! どんな真の愛ですか。垂直的な真の愛と、水平的な真の愛です。二種類の愛です。これは90度です。神様から、愛と生命と血統を受け継いで構成された実が自分です。これが真の愛、縦横の真の愛を核にして、一つになるべきなのです。