第四章 愛と家庭 : 一 愛の理想実現は家庭から :

 家庭は、万古普遍の起源であり礎です。これは父も変えることができないし、兄弟も変えることができないし、どの国も、どのような制度でも変えることができません。また世界的にも変えることができないし、天地も、神様も変えることができません。ですから、家庭というものには永遠に革命という名詞が必要ないのです。家庭は愛の場なので、革命が必要ないというのです。

 なぜ父母が良いものになるのでしょうか。そして夫と妻、子女がなぜ良いものになるのでしょうか。愛があるからです。父母の愛、これは子供に絶対に必要です。夫婦の愛、これは夫と妻に絶対に必要なものになります。そして兄弟間の友愛、子女が父母に対してもつ親孝行の心も、一つの家庭に絶対に必要なものです。

 家庭がなぜ良いのでしょうか。家庭は互いが自由に授受できる基盤になっており、栄えることができるので、人は故郷を懐かしがり、父母と兄弟がいる家庭を懐かしがるのです。

 真の家庭は、自分の母のように妻を愛し慈しみ、自分の父のように夫を慈しんで愛し、弟や兄のようにお互いを愛する所です。その次には、神様のように自分の夫を愛し尊敬する世界が、理想家庭が住む天国です。このような伝統が、この地球上に立たなければなりません。

 神様を中心とした永遠の父母の愛、永遠の夫婦の愛、永遠の子女の愛、この三つの愛があるところが理想家庭です。

 父母と子女、夫婦、そして兄弟姉妹たちがすべて、真の愛を中心として一つとなることを願うところが、私たちの理想家庭です。ここから永遠なる世界的平準化が始まり、地上天国が出発するのであり、さらにまた、天上天国も自動的に成し遂げられるのです。

 幸福はどこから来るのでしょうか。鼻歌を歌い合える、そんな環境はどこから来るのでしょうか。家庭から来るのです。家庭の幸福は、情緒的に問題があれば成せないのです。また、心情、愛がなくても成せなないのです。

 不幸は、どこから出発するのでしょうか。愛の安息地がなくなる時から始まるのです。幸福な家庭は、その家の垣根である父母に仕えて生活する家庭です。その家庭は上では天を代表した父母に仕え、横では夫婦が結ばれ、この夫婦が天倫の法度と貴び、その代を継ぎながら住む家庭です。

 皆さんは、どのような愛を探し求めましたか。神様の愛を探し求めたならば皆さんの心と体が完全に一つになり、神様の愛が臨在することができるのです。それで夫婦の天国となり家庭天国を成すようになるのです。お母さん、お父さんが完全に一つとなって愛し合うようになり、息子、娘もお母さん、お父さんのような相対をもらうことができれば、家庭天国が実現されるのです。父母がプラスになり、息子、娘がマイナスになれば、家庭天国が実現されるのです。

 父母、夫婦、子女で形成された家庭は、世界の縮小体です。家庭の愛を拡大して、すべてのを人を愛することが、人類を生かす道だということを知らなければなりません。年を取った人はおばあさん、おじいさんのように、中年はお父さん、お母さんのように、自分より少し年上のように見える人はお兄さん、お姉さんのように、年下のように見える人は弟妹のように考え、愛さなければなりません。

 天国はどこからでき上がるのでしょうか。私たちの家庭からでき上がるのです。それならば私たちは何主義なのでしょうか。家庭主義です。私たちが標榜する天宙主義は、空である「天」の文字に家である「宙」の文字、すなわち空の家主義だというのです。このようになれば、天宙という意味が明確になるのです。

 家庭は小さな社会に立脚した小さな国家です。小さな国家であり、小さな世界であり、小さな天宙なのです。それで、家庭を離れては何もできないのです。

 一家庭は、社会の倫理的基盤であり、人間世界では手本になり、根本的で一次的な組織です。このような家庭で、愛が最善の価値基準になるのです。

 人の一生涯で一番重要な時はいつかと言えば、生まれる時、結婚する時、死ぬ時です。それでは生まれる時は、どのように生まれなければならないのでしょうか。よく生まれなければなりません。次には結婚する時です。結婚とは生きるためにするのです。すなわち、四位基台を成すためにするのです。このように宇宙の公法を地球上に立てておけば神様のみ旨を成すことができ、人間のみ旨を成すことができるのです。このような宇宙の法度が指向する内容をもち、その形態をもつためのものが家庭です。

 家庭は、天国完成の基本単位です。天国は、一度行けば戻りたくなく、十回、百回会ってもまた会いたい方がいるところです。万民が共通にそこに行きたがり、その方に会いたく、その方と共に住みたがれば世界は統一されるのです。そこに向かっていくのが目標です。しかし、そこは一度に成されるのではありません。まず個人の基台が立ち、次に家庭の基台が立ち、その次に民族、国家、世界に広がっていくのです。

 天国はどこにあるのでしょうか。空中から降ってくるのではなく、お父さんとお母さん、そして子供の間に授受できる生活舞台を育て、またすべての被造物を私たちの生活に利用し、私たちの理想の条件を利用するおもしろさ、そのおもしろさを100パーセント享受できるところが天国です。

 天国へは一人では行くことができません。祝福は天国の門をさらりと越えていくのです。天国は、家庭に帰っていくところです。三代の因縁をもって入っていくところです。

 宗教は、最も偉大な教えです。神様の最も偉大な教えとは、人類を教え、人類を愛してみようということです。そのほかにはありません。それで真の父母は、子供に対して世界を好きになり、神様を好きになることを教えてくれるのです。

 天国は誰かが教えてくれて行くようになっていません。良心的に生きる人は自動的に行くようになっているところが天国です。太陽が昇れば、すべての木の芽は太陽に向かいます。草までも自ら方向性をもって帰っていくのに、まして万物の霊長である人間が自分の行く道を知らないわけがないのです。このような現象が起こってくるのです。

 天国は愛の世界です。中心者である神様のためにある世界、神様のために生きる世界です。

 天国へは愛の軌道に乗って行くのです。このように話せば実感するでしょう。その愛のひもは、引っ張れば引っ張るほどゴムのように細くなるのではありません。ゴムは引っ張れば引っ張るほど細くなりますが、愛のひもは引っ張れば引っ張るほど反対に太くなるのです。

 人間には、親子の関係がなければならず、夫婦関係、兄弟関係がなければなりません。すなわち、この三つの関係が一点になければなりません。その中心点は一つです。上下、左右、前後の中心が違ってはならないのです。この中心点が違えば上下、左右、前後関係の均衡がすべて崩れるのです。それで結局、上、下、左、右、前、後、そして一つの中心点まで、すべて七数を成すようになるのです。このように七数を成すのは神様を中心として完全な真の愛で一つになり、このすべてが完全に球形を成し、調和と統一を成す家庭になるのです。

 世界にはおじいさん、おばあさんのような人たちが住んでいて、お母さん、お父さんのような人たちが住んでいて、夫婦のような人たちが住んでいて、息子、娘のような人たちが住んでいます。何種類かと言えば、このような四種類の人たちが全世界に住んでいます。それゆえ、世界の数多い人たちに、天国人になれる教育の教材、経典としてみなされるのが、私たちの家庭だという観念をもたなければなりません。

 家庭というものは、天国と因縁を結ぶための教材です。教育の教科書なのです。それは、軸を中心として、国に適用すれば愛国者になります。世界に適用すれば聖人になります。天地を中心とするようになれば神様の息子、娘、聖者になるのです。

 家庭は、死ぬ時に天の国、平和の王宮に入籍できる手続き券を得られる、愛の教科書です。愛の修練所です。これを拡大したのが世界です。おじいさんのような世界があり、おばあさんのような世界があり、お父さんのような世界があり、お母さんのような世界があり、夫のような世界があり、妻のような世界があり、息子、娘のような世界があるのです。このように拡大すれば、すなわち世界になるのです。

 愛の王国を成したいのが神様のみ旨です。愛の理想世界を発展させ、世界化させようとするのが神様のみ旨だする時、小学校から大学の卒業、博士号の取得までパスできる実験場がどこかと言えば家庭です。家庭を拡大すれば世界です。世界を細かく見れば、おじいさん、おばあさんが住む世界、その次におじさん、おばさんたちが住む世界、お兄さんお姉さんのような人たちが住む世界、その次に青少年たちが住む世界、子供たちが住む世界だと言えるでしょう。それで老年から壮年、中年、青年、青少年たちが住むここは模様が大きく、数が多いだけで、家庭を拡大したものです。

 家庭の中心は父母ですが、なぜ父母になるのでしょうか。父母はすべて家庭全体のためにあるからです。

 人には家庭が必要で、国が必要で、世界が必要で、本然の世界、宇宙が必要です。

 愛を中心とした家庭で、父母は国の代表者です。神様の代表者だと見るのです。それを訓練するための第一段階の訓練舞台が家庭です。地上で天国を成せる第一教化場が家庭で、そして国家が第二教化場です。ここに愛国者が必要なのです。その次に第三教化場が世界です。ここに聖人が必要です。霊界は第四教化場です。その次には神様の息子、娘になるのです。聖人といっても、神様の息子、娘ではありません。それで、すべてが神様の息子、娘にならなければならないのです。聖者の位置に入り、神様の愛と一つになって、永遠に神様を所有できる位置に入るようになります。