第七章 韓国の未来、世界の未来 : 一輪のタンポポが黄金よりも貴い :

 現代社会の三大難問は、公害と環境保全、そして食糧です。三つのうちどれか一つでもないがしろにすれば、人類は滅亡してしまいます。地球は、すでに破滅的な状態に陥りつつあります。物質に対する際限のない貪欲が、自然を壊す深刻な公害を引き起こし、水と空気を汚染させ、人類を保護してくれるオゾン層まで破壊しました。このままいけば、人類は自分がつくった物質文明の罠にかかって自滅してしまうでしょう。
 私はブラジルのパンタナール地域を持続・保全するための活動を20年近くやってきました。パンタナールは、ブラジルとボリビア、パラグアイにまたがる世界最大の湿地帯としてユネスコの世界自然遺産にも登録されました。私は、パンタナールの生物を神様がつくられた原型どおりに保全し、保護することを、世界的な環境運動として育んでいます。
 海と陸地、動物と植物が一つに重なり合って生息しているパンタナールは、本当に絶妙な所です。「美しい」「素晴らしい」という単純な言葉では決してその価値を表現することができません。空からパンタナールを見下ろして撮った写真集は、その美しさのために世界で最も多く販売された写真集の一つです。パンタナールは、ノドジロオマキザルとホエザル、コンゴウインコ、ジャガー、アナコンダ、カイマンのような珍しい動物が生息する人類の宝の庫です。
 パンタナールを中心にアマゾン川流域の生物は、創造当時の原型をそっくりそのまま保って暮らしています。パンタナールは万物創造の原点です。人間は、神様がつくられたものをたくさん破壊しました。人間の貪欲さによって種が絶滅した動物や植物があまりにもたくさんあるのです。しかし、パンタナールには、今も神様がつくられた創造物の原型がそのまま残っています。私はパンタナールに鳥の博物館や昆虫の博物館を建て、絶滅した種と創造の原型を復元する仕事をしています。
 パンタナールは、たくさんの動植物の生息地であるだけでなく、地球に酸素を供給する役割もしています。パンタナールは世界で最も多い量の酸素を作り出す「地球の肺」であり、「自然のスポンジ」、そして「温室ガス貯蔵庫」です。しかし、このようなパンタナールがブラジルの急激な産業化によって、年を追うごとに壊されていっています。地球の主要な酸素供給源であるアマゾン地帯が破壊されれば、人類の未来は暗黒にほかなりません。
 また、日本の本州ほどの面積のパンタナールの湖には、数百種類の魚が生息しています。その中には、重さが20キログラムを超える黄金に輝く「ドラド」という魚もいます。釣り竿にドラドがかかれば、自分の体が川に引きずり込まれそうになります。全力で釣り竿を持ち上げると、黄金色の鱗を光らせながら空中に飛び上がってきます。そうやって何度か引き上げても、余力を残していて、体をばたつかせています。魚ではなく、熊や虎のように力が強いのです。
 パンタナールの湖はいつもきれいです。水の中に何かを放り投げても、あっという間にきれいになります。いくら汚れたものでも、いつの間にかきれいにしてしまうのは、色々な魚が生息しているからです。魚はそれぞれ食べる物が違います。そのような魚がごった返して暮らしながら、水を汚すものまですべて食べて片付けてしまうのです。餌を食べること自体が、水をきれいにする清掃作業でもあるのです。それがまさに私たち人間とは違う点です。魚が生きている目的は自分のために生きているのではありません。周辺をきれいにしながら、より暮らしやすい環境をつくってお互いのために生きています。
 パンタナールの湖のホテイアオイの表面を見ると、虫が真っ黒にへばり付いています。虫だけがいればホテイアオイは生きていけませんが、それを食べる魚がいるので、虫も生き、ホテイアオイも生き、魚も生きるのです。それがまさに自然です。すべて自分のために生きるのではなく、お互いのために生きています。自然がこのように偉大だということを教えてくれています。
 いくらパンタナールに魚がたくさんいても、ひっきりなしに捕まえていれば魚は減ってしまいます。魚を保護しようとすれば養殖をしなければなりません。パンタナールの魚が貴重であればあるほど、よりたくさんの養殖場を造って魚を育てなければなりません。魚だけでなく、昆虫も育て、鳥も育て、動物も育てなければならないのです。昆虫を育てることは、世の中にもっと多くの鳥が生きていけるようにすることです。パンタナールは、こうしたすべてのものを育てることのできる場所なので、貴重性が増すのです。
 パンタナールには魚ばかりがたくさんいるのではありません。川辺にはパイナップルとバナナの木、マンゴーの木が立ち並んでいます。水のない畑に稲を植えれば、三毛作をして余りあるほど稲がよく育ちます。それほど土地が良いので、大豆やトウモロコシのようなものは、種さえまいておけば、人の手を借りて育てなくても、どんどん実ります。広々とした草原には、ダチョウが大またで歩き回っています。ダチョウは、人が背中に乗っても大丈夫なくらい力があります。
 ある時、船に乗ってパラグアイ川に沿って下っていき、川辺の民家に立ち寄ったことがありました。そこに暮らす農民が、私たちが空腹だと気づいて、すぐに畑からサツマイモを掘ってきてくれたのですが、その大きさがスイカくらいあったのです。その上、一度掘り出してそのまま蔓を放っておけば、何年でもまたサツマイモが実るそうです。植えなくても、毎年サツマイモが実というのですから、食べ物が不足している国に広めたいと強く思いました。
 湿地を開発しようとする人たちは、いろいろな経済的利益を主張しますが、実際にパンタナールは、湿地それ自体でも十分に経済的な価値が高いのです。パンタナールには黒い松の木(ケブラッチョ)が原始林を形成しているのですが、とても頑丈で細胞組織が緻密なので、木に杭を打っても、100年以上生きるそうです。この木は「黒檀」と呼ばれる高級木材なのですが、腐りにくく、鉄よりも寿命が長いそうです。そのように貴重な松の木が一抱えほどの大きさに育ち、森を形成している景観を想像してみてください。私はパンタナールの400ヘクタールの土地に木を植えました。私たちが植えた木々によってパンタナールがより一層美しくなり、そこで作られた豊富な酸素が私たちの人生を潤沢にするのです。
 自然を破壊するのは人間の利己心です。今、安心して息をすることもできないほど地球の環境が破壊されたのは、人より少しでも大きく、早く成功しようとする人間の貪欲さのためです。しかし、もうこれ以上、地球が破壊されるのを放っておくことはできません。自然を救うことに対して、宗教者がまず立ち上がらなければなりません。自然は神様の創造物であり、人類のために下さった贈り物です。自然の貴重さを悟らせ、創造当時の豊かで自由な状態に戻すことを後回しにすることはできないのです。
 パンタナールが自然の宝庫だという事実が広まるとともに、パンタナールをめぐる争いが始まっています。保護して育てなければならない所が、貪欲さに満ちた人間相互の争いの場へと変わる兆候を見せているのです。私は10年前から世界各国の指導者をパンタナールに呼び、「自然を保護し地球を守る法」に関して討論を行っています。世界の環境専門家と学者を集め、パンタナールに関心と愛を寄せてくれるようお願いしました。パンタナールがこれ以上、人間の無慈悲な欲心のために破壊されないように、番人となって守っているのです。
 環境問題が深刻になると、環境保護運動を行う団体が増えました。しかし、最も良い環境保護運動は愛を伝播する精神運動です。人間は、自分が愛する人のものであれば、何でも好んで大切にします。ところが、神様がつくられた自然を大切にして愛することができません。神様は人間のために自然を下さったのです。自然を利用して食べる物を得て、生活を潤沢にするのは、その方のみ意です。自然は自分だけが使って捨てる使い捨ての物ではありません。自然は子々孫々に至るまで、私たちの子孫が継続して食べる物を得て、体を支えて生きていくべき土台です。
 自然を大切にして保護する近道は、自然を愛する心を持つことです。道を歩いていて一株の草を見ても、涙を流すことができなければなりません。一本の木を抱きかかえて泣くことができなければなりません。一つの岩、一瞬の風にも、神様の息づかいが隠れていることを知らなければならないのです。自然を大切にして愛することは、神様を愛することと同じです。神様がつくられたすべての存在を愛の対象として感じなければなりません。博物館にある一つの作品がいくら立派だとしても、生きている神様の作品には及びません。道端に咲く一輪のタンポポが新羅の金の冠より貴いのです。