第7章 地上人と霊人との関係 : 第三節 霊的新時代の到来と再臨復活 : 3. 先人たちの霊界の位置

 歴史的な悲しみの中で摂理される神様の心情を体恤しながら生きていく人は、どこにとどまっても、神様を涙なしには見つめることができないでしょう。そのような立場で神様のみ旨を知り、その方の息子・娘になるために戦うようになる時、彼と意を共にする同志がいるなら、神様はその場に訪ねてこられて、涙を流されるでしょう。
 神様の悲しみは私たちの一身にあると同時に、この国、この世界、この万物の中にあるというのです。私たちはこれを清算して、神様の喜びを復帰してさしあげる運動を展開しなければなりません。そのような私たちにおいて、生命の中心は神様の悲しみを体恤することです。
 人間たちが知らない霊界の霊人たちを動員して、証しさせることができる基準が自分にあるかが問題です。霊界もそのようなことを要求しています。霊界は神様の心情を知っているために、地上のそのような人がいて訴えれば、霊人たちを動員して、天国理念の実現のための地上の仕事に協助するようになるのです。霊界の霊人たちがこの地に来ることのできない原因は、この地に嘆息の囲いができているためなのです。

 霊界を中心として見ると、悪霊がいると同時に、中間の霊がいて、善霊がいます。蘇生、長成、完成、三段階にとどまるのです。三次7年路程がつながることによって、善霊たちが地上に連絡することができる道が生じるのです。そうするしかないのです。蘇生、長成圏がサタンの主管圏内にとどまっているために、悪の勢力の版図圏内にいる悪霊たちが主導的な役割をして、悪人たちが世界を全部料理してきました。しかし今からは、霊たちが交差し始めるのです。
 交差する時は霊界が下りてきますが、悪霊から下りてきます。交差する時は中間霊界を越え、善霊界に越えていく時です。これが越えていく日には、善霊たちと善人たちは上がり、悪霊と悪人たちは下りていくのです。今までは、善霊が互いに上がったり下りたりこのように交差してごちゃ混ぜになりながら来ましたが、今からは、善と悪が完全に分かれることができる新しい次元の時代に入ると見るのです。

 霊界に行ってみれば、皆、新約時代に現れた立派な人や尊敬されて殉教をした人が、高いところに行くと思ったのに、いちばん悲惨な立場に行っているのです。死ぬ時に自分がこのように死んでこそ天国に行くと考えて死んだ人は、天国に行けません。そのように死んだ人は気の狂う病気にかかって、天国のために自殺したのと同様の心の姿勢になっているのです。しかし、それとは異なって、殉教はしなかったとしても、苦労をしながら「ああ! 私一人犠牲になって国を天国にして、数多くの人を天国に行かせる」と言った人は、天国に行っているのです。
 私たちは、信仰の本質を改めなければなりません。キリスト教がそのような思想をもったために、多くの波風が立ちました。この波風を打破してしまうというのが、統一教会の思想です。叩きつぶさなくても、滅びるようになっているのです。ところで、なぜ早く叩きつぶさなければならないのでしょうか。滅びるようになれば、神様に全部捨てられてしまうので、これを叩きつぶして救ってやらなければならないというのです。