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第5章 メシヤと霊界 : 第二節 先生と霊界 : 3. 霊界の統一と地上世界の統一 |
霊界を統一しなければ、地上を統一させることができないのです。では、霊界を統一した主がおられるなら、地上統一は問題でしょうか。それは難しくないのです。
これから私たちは、霊通する人まで主管しなければならないのです。霊界に通じる人たちの大将が先生なのです。彼らもここに来て、習わなければならないのです。
彼らは一方向しか知りません。それゆえ、霊界から教えてくれるといって、それを絶対視してはいけないのです。それを原理で解読して、方向をわきまえていかなければ、霊通人たちは全部サタンになりやすいのです。
今は、霊界が先生を証しし、先生について来ています。先生は、霊界の内容を専門的に知っているために、サタンだ何だということをよく分類して、今までここまで率いてくることができました。それで滅びないのです。
霊界には、何千億の霊人たちがいます。それに比べて、世界の人類は、あまりにも少ないのです。これから私たちが国家基準を超えるようになれば、その霊界を動員することができるのです。世界人類は、問題にもならないのです。そのような時が来れば、私たちの時が遠くないということを、皆さんは知らなければなりません。このように見るとき、世界はこれからどのようになり、共産世界はどのようになるのか、大体の輪郭が出てきます。
あの世に行ってみると殺人を犯した者、殺された者が、全部一箇所に集まっているので、そこでは刀をもって戦おうともするし、復讐しようともするのです。ですから、数多くの塀でふさがれています。
それゆえ、悪なる霊たちが怨讐の子供たちの所に行って、急死するように事故を起こして連れて行くというようなことが起こるのです。これをみな解かなければなりません。これをみな解くためには、地上世界を解かなければなりません。解くには、もっと良いものを与えなければ、解くことができません。死よりももっと良いもの、怨讐関係になったことよりもっと良いものを上げなければ解かれないのです。
何をもって霊界を解放し、神様を解放するのでしょうか。このような関係は、人類の先祖がこれを結ばせて天上世界をめちゃくちゃにしたから、今日後代の後孫は、先祖たちのすべての過ちを償わなければなりません。真の孝行者の伝統を受け継いだ子供なら、父母の借りを支払わなければなりません。父母が借りたものを支払わなければならないのです。
そのような意味で、霊界の先祖がすべての塀を崩す運動をしなければなりません。そうすることによって、先祖たちがここに来て、皆さんに教えるようになるのです。これは夢のような事実です。
私は皆さんをサッと見れば、先祖がどうで何をやったのか分かります。悪なる霊人の後孫を見ると真っ暗になります。その先祖の顔がサッと見えたかと思ったらフッと消えるのです。それゆえ悪なる霊、善なる霊を分けるのです。
霊界を結束しなければなりませんが、霊界を収拾できない人は、天下を統一できないのです。天運の根が天にあるのに、天を収拾できない人が、どうしてその結果をこの世の中の道理として、世界を統一しますか。それゆえ、地上を統一する前に、霊界を統一しなければなりません。
皆さん、先生に夢の中で会ってみたことがありますか。みんな会わなければなりません。このような団体は世の中にありません。国もありません。なぜ、統一教会が世界的に成長しているのでしょうか。どこに宣教師として送っても、霊界を実感する生活をしなければなりません。
共産圏はすべて神様がいないと言って、神様の存在に反対する世界です。共産党はどの国でもみんな宗教が入って来ると、それを撲滅します。そのような状況の中で、神様は準備しなければなりません。
そのような経験をしてみれば、神様がいないと否定する人は一人もいなくなります。そのような事実を実感する感動は、生命を超えて永遠に残るのです。そのような境地で神様を愛し、真のご父母様慕いながら通過した経験は、永遠に残るのです。それが人生の中心になります。そうなれば、霊界との境界線、そのようなついたての壁は、瞬間的になくなるようになります。直行することができるのです。
信じることは事実と遠いところにあり、知ることは事実と一致します。信じるのが先ですか、知るのが先ですか。信じることは事実と遠いところにあり、知ることは事実と一致します。皆さん、信仰生活と言いますが、信仰を生活化していますか。そこには、体恤圏が表面化していくのです。内面化ではなく表面化した実体験とつながって生活しているという誇りが、どれほど大きく有り難いことか分かりません。そのような境地もあるのです。
霊界は間違いなくあります。神様は、間違いなくいらっしゃる! 誰が否定しても、いらっしゃるという事実は恐ろしいことなのです。それは神様の世界に属する心です。いくらこの地上で苦難を通過するとしても、その人は神の国の国民です。神様の子女なのです。
皆さん、いくら難しいことがあったとしても、自分の心が絶対変わらないという境地に入っているか自問してみなさい。そこまで行かなければなりません。それが峠です。サタン世界の城壁を超えて入れば、神様の存在が実証されるでしょう。それでないときには、城に入る橋を越えたのに宮中に入れなかったのと同じです。一度入ってみなければ、何も分かりません。城の外でいくら眺めてみても、そこに行けません。
先生の誇りは神様を知っていることです。霊界で知っている以上に知っているわけです。いくら多くの人がいたとしても、神様の心情を知る人を、神様はいちばん好まれます。
宗教家たちが涙に浸り、ひざが切れて抉れるほど一生涯祈祷を捧げても、イエス様に出会い、導かれるかどうかというところです。それなのに、皆さんはこうして先生に出会い、このような話を聞くことができるということは歴史的な事件です。
皆さんが先生にどのような資格をくれてもくれなくても、先生は既にあらゆる資格をもっています。
先生は多くの事を成しました。誰の話にも耳を傾けない世界の学者たちを一つにつなぎ合わせました。また、互いに争っている宗教界もつなぎ合わせ、民族同士で争っているのをつなぎ合わせて世界的な合同結婚式をしたことは、これまでの歴史上なかった事件です。
今までに先生が成してきたことは、霊界の誰が成したことにも勝ります。誰よりも多くの事を成してきました。ですから私たちの教会が霊界のどん底にいるでしょうか。最高の位置についているでしょうか。最高の位置にあります。これは先生の作り話ではありません。