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第4章 天国 : 第三節 天国の門と天国入城 : 1. 人間の心の門 |
釈迦牟尼のような方も神秘的な境地に入って「天上天下唯我独尊」と言いました。私たち人間が修道しながら精神を統一して、霊妙な霊的世界に入って体験する中で、完全に主体なる神様の対象の位置にぴったりと入るときに、「天上天下唯我独尊」という言葉が可能なのです。自分が世の中を一度ぎゅっとつかめば、世の中がサッとこの握り拳の中で溶ける、そのような気持ちがするのです。これをもつようになれば、取りつかれた気分になり、打つようになれば一遍に溶ける気分、このような境地が繰り広げられるのです。そのような境地に入るようになれば、奇跡は自動的です。病気を治すそのようなことは、自然に信仰生活の付属物としてついて回るのです。
それゆえ、皆さんは心の門に合わせて、心を啓発しなければならないのです。この心の畑を耕して、方向基準を開拓するためには、必ず主体であられる神様を発見すべきです。ところで、主体であられる神様は保護されますから、神様につながるにはどのようにすべきでしょうか。精神を集中させて、自分の心から出発する道以外にはないのです。自分の心を明らかにしておけば、必ず方向を知るようになるのです。そうではないですか。磁石のようにです。プラスがあればマイナスが自然に生じます。誰かが行けと言うのではなく、自然について行くのです。そのような何かがあるのです。
皆さんもそれを感じるでしょう。自分が東に向かって祈祷をしたのに、神秘の境地に入れば、既に方向が変わるのです。そのような事実が繰り広げられるのです。分かりますか。それゆえ、心の門があるのです。
祈祷が良くできる時があるし、自分がいくら斎戒沐浴をして精誠を捧げても、祈祷ができない時があります。部屋によって違ったりもします。部屋の位置によって違うというのです。それはそうするしかないのです。一つの中心には東西南北があるために、その位置によって違うのです。また、方向によって違うのです。山に行っても、祈祷が良くできる所があります。また、サタンが集まっている所があります。それは陰地です。陰地と陽地と言いますが、霊的にそのようになっているのです。何回か体験すれば、そのようなことがみな分かります。
そのような暗示や夢のお告げ、啓示や黙示が存在するのは、人間と天との関係を結ぶために、開拓的で発展的な現象として現れる不可避の与件であるためです。ですからこれをおろそかにせず、皆さんの生活に適用することができるよう努力しなければなりません。
それくらい皆さん自体において、今まで信仰生活の心の門を開いて、心の畑を啓発してきているのです。それが啓発される場合には、それで終わるのではなく、相対的な世界に適用させることができなければならないのです。