第4章 天国 : 第二節 天国に行くことのできる要素と条件 : 4. 四位基台と天国

 先生が今まで家庭的にだけこの仕事をしてきたなら迫害を受けたでしょうか。先生は、父、母、文氏の一家、嫁や婿の8親等までもみな集まった場所で、み言によってその人たちを感動させる自信があります。間違いなく文氏とか一家全体をみ旨の前に立てる自信があるというのです。それが天のみ意でなかったのでそうすることができませんでした。イエス様もそうることができなかったので自分の親戚たちに追い出されました。
 しかし皆さんはそういうすべての時を過ごした立場なので親戚を伝道することができるし、お父さんやお母さんをつかまえて、涙でも流しながら自分の切なる心情を打ち明けることができる時代的な環境を迎えました。そういう立場で皆さんは先生よりも良いというのです。これからは皆さんの両親や親戚がみ旨に反対しようとすれば、どのような手段を使っても感動させられる時です。お兄さんは相手にするのが難しいとしても、妹、弟ぐらいは「やあ、お前、信じるのか、信じないのか」と、小突いて強制的にでも信じさせる自由な時が来ました。このような時を迎えたのに、皆さんが責任を果たせなければ天の前に面目がないというのです。先生もこれからはそのような人たちとつき合うことはできません。これをしなければ天国に行くことはできません。天国は家庭を成してこそ行くことができるのです。

 個人では絶対に救いを受けられないと思います。個人では天国に行けないのです。一人では行けないのです。原則がそうです。エデンの園のアダムとエバは、二人が一緒に天国に行くようになっていたのであって、夫または妻だけ天国に行くようになっていますか。夫婦が一つになり、家庭が一つにならずには天国に行けないのです。それが理想です。お父さんが地獄に行って、お母さんが天国に行ったら、それがいったい天国ですか。天国は夫婦で行かなければならないところだし、家庭が行かなければならないところだし、家庭のみならず、一族が行かなければならないし、国家全体が行かなければならないのです。

 天国は夫婦が息子・娘を率いて行くところです。息子・娘、孫たちと共にその一族を率いて行くところです。さらには、国全体が行くところです。ですから天の国になるのです。天国はこのようにして成されるところです。

 私たちの救済観は、夫は天国へ行って妻は地獄へ送ろうというのではありません。二人とも天国に行こうというものです。父母を地獄に送るのではなく、父母に侍り、息子・娘も連れて天国に行こうというのです。私たちの教会は、自分が愛する家庭、自分が愛する氏族まですべて連れて天国に行くことのできる道理を教える宗教なので、他の宗教とは次元が違います。ですから、今までの宗教は独身生活を強調しましたが、私たちの教会は家庭を重要視するのです。家庭を中心として行くのです。その家庭は世界のための家庭であり、神様のための家庭です。これが私たちが行くべき道です。

 家庭で幸福になるための対象者が誰かといえば、夫には妻で、妻には夫、父母には子供であり、子供には父母です。この基地から天国建設が可能になるのです。

 天国というところは一人では行けません。天国というところは必ず相対理想を決定して入るようになっているので、堕落人間が天国に入るためには復帰の歴史、復活の歴史、再創造の歴史を経なければなりません。皆さんに祝福をしてあげるのは天国の門をすっかり開いておくことです。祝福という名詞を立てて、閉まっている天国の門を開いてあげるのです。その門に家庭が入るのです。息子・娘をもって入らなければならないというのです。家庭はすべての実績を備えた歴史的な結実にならなければなりません。神様の六千年の復帰歴史が一次アダム、二次アダム、三次アダムの時代を経たので、家庭でも3人の息子を経てその3人の息子まで相対を立てておかなければならないのです。それで家庭的に入るのです。

 復帰といえば四位基台の復帰をいうのです。四位基台を復帰しようとすれば、父を復帰し、母を復帰して、息子・娘を復帰しなければなりません。ですから祝福を受けた皆さんは、夫婦が完全に復帰され、息子・娘を生んで、堕落しなかった立場に立てておかなければなりません。そのためには、新しい伝統を叩き込まなければなりません。そうしようとすれば聖人より素晴らしくなければならないのです。

 家庭天国を成すところで初めて神様が理想とする地上天国が築かれるようになるのです。これが四位基台にならなければなりません。統一原理で創造理想の完成は四位基台の完成だと言います。なぜそうなのでしょうか。神様とアダム・エバを中心として三段階を経て縦的世界と横的世界が繰り広げられれば四位基台が成されるからです。アダムとエバの息子・娘がいてこそ、横的な世界が繰り広げられるのです。このようになれば縦的な世界が自然に生じるのです。体を中心とした横的基準が息子・娘であり、心の横的基準が霊界だというのです。そこで初めて神様が臨在され得るので、地上に天国が実現されるのです。