第3章 霊界 : 第一節 肉身をもって体恤可能な霊界 : 6. 実体役事

 霊と肉は、本来真の愛を中心として一つになるようになっているのであって、偽りの愛を中心として一つになるようになっていません。それゆえ、真の愛の起源を探さずには、これが一つにならないのです。その立場を皆さんが越えて、天が祝福してくれることを願っていかなければなりません。
 寂しい立場に行くほど、なぜ天が近くにおられるのでしょうか。世の中の愛を忘れ、天の愛の圏内に入るから、天が近くに来るのです。天が直接的に現れて関係するのです。神様の直接主管圏ということです。神様が現れても皆さんは分からないために、先生が代わりに現れるのです。そのように直接主管を受ける圏内で生きなければなりません。

 皆さんは、先生とどのような因縁がありますか。祈祷の中で、あるいは夢の中で、先生に毎日会わなければなりません。
 世界の食口たちは、そのような体験をみなしなければなりません。霊界に対して知らなければならないのです。また、目を開けても先生を見なければなりません。そのような人もいるでしょう。それで、これは歴史始まって以来世界に初めて起こることです。それは前にもなく、後にもないことだというのです。
 そのことがだんだん強くならなければなりません。アダムとエバが堕落しなかったときは神様に干渉を受けたのと同様に、皆さんの生活圏を先生が干渉しながら全部指導してあげるのです。
 先生がしなさいということを、もっとうれしい心をもって動けば、その世界に入るのです。先生がいちばん難しいこと、できないことをさせましたが、先生よりもっとうれしくしようとすれば、その世界に一遍に入っていくのです。自分の生命を捧げてその場に立ち上がれば、一遍に先生が指導してあげるのです。

 皆さんは、祈祷や夢のお告げの中で先生から直接指導を受けなければなりません。食口たちの中には、どこへ行っても、その立場で先生の指示を直接受ける人たちがたくさんいます。
 今日、この死亡圏を通り過ぎようとすれば、決死的な祈祷をしなければなりません。祈祷するにも一瞬だけするのではなく、24時間しなければなりません。このような自由な時代に、そのような体験をしながら直接侍って暮らすことのできない人は、かわいそうな人です。
 祝福を受けた人は、本来そのような基準と経験があって、そのような内容に全部結びつかなければなりません。本来は、先生と霊的に接ぎ木して一つになってこそ祝福対象者として祝福を受けることができるのです。

 私たちは、神様の心情について話します。神様の心情がどこにあるのでしょうか。祈祷の中で声を聞いてみれば、「先生の言葉をよく聞け。先生を悲しませてはいけない。先生を喜ばせてさしあげなさい」と言うのです。それしかないのです。そのように教えてくれるのです。そして、先生に会いたくて眠らずに、祈ってみると霊界が開いたというのです。
 それゆえ、体恤がなくてはいけません。